海外小説

呉明益『眠りの航路』

『歩道橋の魔術師』、『自転車泥棒』、そして今年に入って『複眼人』と翻訳が相次いでいる呉明益の長編が白水社の<エクス・リブリス〉シリーズで登場。 ただし、発表順でいうと本作は呉明益の長編デビュー作であり、一番古い作品になります。 とっつきにく…

トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』

「そりゃインターネットのせいに決まっているじゃない。疑問の余地なし」(536p) 「ちょっと待って、アメリカ人がそう思うのは誰のせい? 9.11を国民に売りつけたのは政府でしょ。みんな買わされた。政府は私たちから大切な悲しみを取りあげて、加工して、…

ガードナー・R・ドゾワ他『海の鎖』

国書刊行会「未来の文学」シリーズの最終巻は、SF翻訳者・伊藤典夫によるアンソロジー。「仕事に時間がかかる」ことでも有名な翻訳者ということもあり、シリーズの最後を飾ることとなりました。 比較的難解とされる作品を訳すことでも有名な翻訳者ですが、こ…

劉慈欣『三体III 死神永生』

『三体』シリーズの完結編。 第Ⅰ部では文革から始まりVRゲーム「三体」を中心に繰り広げられるほら話、第2部では三体人に対抗するために選ばれた4人の面壁者の繰り出す壮大なほら話、そして、宇宙では知的生命体が居場所を知られるとより高次の知的生命体に…

リン・マー『断絶』

中国が発生源の未知の病「シェン熱」が世界を襲い、感染者はゾンビ化し、死に至る。無人のニューヨークから最後に脱出した中国移民のキャンディスは、生存者のグループに拾われる……生存をかけたその旅路の果ては? 中国系米国作家が放つ、震撼のパンデミック…

呉明益『複眼人』

『歩道橋の魔術師』や『自転車泥棒』などの著作で知られる台湾の作家・呉明益の長編小説。 2011年に刊行され、世界14カ国で翻訳された呉明益の出世作とも言うべきもので、2015年に出版された『自転車泥棒』よりも前の作品になります。 帯にはアーシュラ・K・…

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞後の作品。読み始めたときは、「どうなんだろう?」という感じもあったのですが、ストーリーが進むにつれてどんどんと面白くなりますね。 ただ、この本を紹介しようとすると少し難しい点もあって、それはこの作品が『わ…

ケン・リュウ『宇宙の春』

1976年に中国に生まれ、11歳の時の渡米して、それ以来アメリカで生活しながら、数々の傑作SFを世に送り出し、また、劉慈欣の『三体』を英訳し、中華SFが広く世にしられるきっかけをつくったケン・リュウの日本オリジナル短編集。 今回の本も本当にいろいろな…

パク・ソルメ『もう死んでいる十二人の女たちと』

ここ最近、多くの作品が翻訳されている韓国文学ですが、個人的には、『ギリシャ語の時間』や『回復する人間』のハン・ガンと、『ピンポン』や『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』のパク・ミンギュがちょっと抜けた存在のだと思っていましたが、この…

郝景芳『人之彼岸』

短編の「折りたたみ北京」、そして先日読んだ長編の『1984年に生まれて』が非常に面白かった中国の女性作家・郝景芳(ハオ・ジンファ)の短編集。 「人之彼岸」というタイトルからも想像できるかもしれませんが、AIをテーマにした短編が並んでいます。 この…

パウリーナ・フローレス『恥さらし』

白水社の<エクス・リブリス>シリーズの1冊で、著者は1988年生まれのチリの若手女性作家。チリといえばドノソやボラーニョが思い浮かぶわけですが、訳者の松本健一が「訳者あとがき」で指摘しているように、「日本でも翻訳文学に親しんでいる人ほどラテンア…

ハン・ガン『すべての、白いものたちの』

恢復するたびに、彼女はこの生に対して冷ややかな気持ちを抱いてきた。恨みというには弱々しく、望みというにはいくらか毒のある感情。夜ごと彼女にふとんをかけ、額に唇をつけてくれた人が凍てつく戸外へ再び彼女を追い出す。そんな心の冷たさをもう一度痛…

郝景芳『1984年に生まれて』

「折りたたみ北京」でヒューゴー賞を受賞した中国の作家による自伝体小説。 著者のことはケン・リュウ編『折りたたみ北京』と『月の光』という中国のSFアンソロジーを通じて知っていたので、本書もSF的な要素があると予想して読み始めました。タイトルの「19…

コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』

ピュリッツァー賞に全米図書賞、さらにはアーサー・C・クラーク賞を受賞し、日本では2017年のTwitter文学賞・海外部門を受賞した小説。かつて、アメリカに存在した南部の奴隷を北部に逃がす組織「地下鉄道」をモチーフにした作品になります。 奴隷の逃亡を助…

シェルドン・テイテルバウム 、エマヌエル・ロテム編『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』

ここ最近、「グリオール」シリーズなどのSFを出している竹書房文庫から出たのが、この『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』。 知られざるイスラエルのSFの世界を紹介するという意味では、中国SFを紹介したケン・リュウ編『折りたたみ北京』、『…

ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』

白水社<エクス・リブリス>シリーズの1冊で、アンゴラ生まれの作家によるアンゴラの内戦を背景にした作品。 著者はアンゴラでポルトガル・ブラジル系の両親のもとに生まれ、リスボンの大学を出て文筆業に入っています。書く言語はポルトガル語になります。 …

ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』

2016年に亡くなったアイルランド生まれの短篇の名手ウィリアム・トレヴァーの最後の短篇集。 短篇というと、よく「何を書かないかが重要だ」といったことが言われますが、トレヴァーの短編は、まさにそれ。ただ、お手本というには本当にびっくりするほど「書…

ファトス・コンゴリ『敗残者』

松籟社<東欧の想像力>シリーズの最新刊。今回はアルバニアの最重要作家とされるファトス・コンゴリのデビュー作になります。 この小説は主人公のセサルが、1991年にアルバニアからイタリアへと脱出する船に乗りながら、土壇場で船降りて故郷に戻ってしまう…

ケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』

60〜70年代に活躍した女性SF作家の代表作が創元SF文庫で復刊されたので読んでみました。 3部仕立てになっており、第1部は終末もの、第2部は終末+ディストピア、第3部になるとほぼディストピアものといった感じになります。 ヴァージニア州の渓谷に住むサムナ…

劉慈欣『三体Ⅱ 黒暗森林』

『三体』の続編が上下巻で登場。今回は宇宙艦隊も登場し、話はますますスケールアップしていきます。 前作では3つの太陽のある惑星系に住む三体人の存在が明かされ、その三体人が地球を狙って大艦隊を送り込むという展開になっていました。しかも三体人は智…

ジョナサン・フランゼン『コレクションズ』

『フリーダム』がとても面白かったアメリカの作家ジョナサン・フランゼンの長編小説になります。『フリーダム』が2009年発表の第4長編、この『コレクションズ』は2001年発表の第3長編です。 まずタイトルの「コレクションズ」ですが「Collections」ではなく…

ケン・リュウ編『月の光』

『折りたたみ北京』につづく、ケン・リュウ編の現代中国SFアンソロジーの第2弾。2段組で500ページ近くあり、しかもSF作品だけでなく、現在の中国のSFの状況を伝えるエッセイなども収録されており、盛りだくさんの内容となっています。 まず、多くの人にとっ…

陳楸帆『荒潮』

劉慈欣『三体』を筆頭に近年盛り上がりを見せている中華SFですが、この作品もその1つ。著者はチェン・チウファンと読みます(英名はスタンリー・チェン)。すでにケン・リュウ編『折りたたみ北京』を読んだ人は、そこに「鼠年」、「麗江の魚」、「沙嘴の花」…

パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドB』

先日紹介したパク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』に引き続き、もう1冊の『サイドB』も読んでみました。 morningrain.hatenablog.com 『サイドA』はリアリズムから不条理系のSFまで、とにかくパク・ミンギュの引き出しの広さに驚かされましたが、この『サ…

ルーシャス・シェパード『タボリンの鱗』

一昨年に刊行されて面白かった『竜のグリオールに絵を描いた男』と同じく、全長1マイルにも及ぶ巨竜グリオールを舞台にした連作の続編。今作では「タボリンの鱗」と「スカル」の2篇を収録しており、どちらも中篇といっていいボリュームです。 グリオールは魔…

パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』

『ピンポン』や『三美スーパースターズ』という2冊の長編が非常に面白かったパク・ミンギュの短編集。この短編集は2枚組のアルバムを意識しており、『サイドA』と『サイドB』が同時に発売されていますが、とりあえず『サイドA』から読んでみました。 収録さ…

オルガ・トカルチュク『プラヴィエクとそのほかの時代』

去年、ノーベル文学賞を受賞したポーランドの女性作家オルガ・トカルチュクの小説が松籟社の<東欧の想像力〉シリーズから刊行。訳者の解説によると解説を執筆中に受賞の報を聞いたということで、まさにタイムリーな刊行になります。 トカルチュクの小説に関…

テッド・チャン『息吹』

テッド・チャンの『あなたの人生の物語』以来17年ぶりの作品集。 すでに各所方面で絶賛されているので改めて詳しく書く必要もないかと思うほどですが、やはりテッド・チャンは優れた作家だと認識させられる作品集です。 前作の『あなたの人生の物語』に比べ…

スティーヴン・クレイン『勇気の赤い勲章』

1895年に発表された南北戦争を舞台にした戦争小説。ヘミングウェイも激賞している小説で、解説で訳者の藤井光が「二十世紀の大半を通じて、さらには今世紀に至るまでのアメリカ文学における戦争小説のひとつの「型」は、クレインのこの小説によって完成した…

マイケル・オンダーチェ『戦下の淡き光』

1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。 これがこの小説の冒頭の一文です。この一文からもわかるようにオンダーチェの新作は非常にミステリーの要素が強いです。読み始めたときは、まずカズオ・イシグロの『わた…