海外小説

ピョン・ヘヨン『モンスーン』

白水社の<エクス・リブリス>シリーズの1冊ですが、<エクス・リブリス>でも前回配本がハン・ガン『回復する人間』で今作も韓国の女性作家の短篇集。韓国文学は本当に勢いがありますね。 ハン・ガンと同じく、この『モンスーン』の作者のピョン・ヘヨンも1…

ハン・ガン『回復する人間』

ほとんどの人たちは一生のあいだ、色や形を大きく変えずに生きていく。けれどもある人たちは何度にも渡って自分の体を取り替える。(「エウロパ」87p) もちろんあたしはまだ人が信じられないし、この世界も信じていないよ。だけど、自分自身を信じないこと…

劉慈欣『三体』

ケン・リュウが『折りたたみ北京』などによって紹介してきた現代中国SFの大本命が登場。三部作の第一作にあたる長編ですが、なにしろ中国では三部作の合計で2100万部を売ったそうです。 タイトルの「三体」が物理学の「三体問題」から来ていることと、『折り…

ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』

『世界の中心で愛を叫んだけもの』、『死の鳥』などの作品で知られるハーラン・エリスンの非SF作品を集めた短編集。 収録作品は以下の通り。 第四戒なし孤独痛ガキの遊びじゃないラジオDJジャッキージェニーはおまえのものでもおれのものでもないクールに行…

デニス・ジョンソン『海の乙女の惜しみなさ』

先週、レベッカ・ステイモスという聞いたことのない名前の女性から電話があり、共通の友人であるトニー・ファイドが他界したと知らされた。自殺だった。彼女が言ったように、「みずから命を絶った」。 二秒ほど、その言葉の意味が分からなかった。「絶った………

グレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』

最近、非常にハードなSF長編を世に送り出していたイーガンの久々の短編集。ここ最近の長編に関して、自分にはちょっと難しすぎるなと感じていて、〈直交〉三部作はスルーしていたのですが(『白熱光』まで読んだ)、今回は短編集と聞いて久々に読んでみまし…

デボラ・フォーゲル『アカシアは花咲く―モンタージュ』

松籟社〈東欧の想像力〉シリーズの1冊で、ポーランド(当時はオーストリア領)の同化ユダヤ人の家に生まれた女性作家デボラ・フォーゲルの中短編集。 〈東欧の想像力〉シリーズの前回配本はイヴォ・アンドリッチの『宰相の象の物語』というノーベル賞作家の…

ケン・リュウ『生まれ変わり』

『紙の動物園』、『母の記憶に』につづくケン・リュウの日本オリジナル短編集第3弾。相変わらず、バラエティに富んだ内容でアイディアといい、それをストーリーに落としこむ技術といい、さすがだなと思いつつも、『紙の動物園』の「文字占い師』や、『母の記…

マット・ヘイグ『トム・ハザードの止まらない時間』

主人公のトム・ハザードは見た目は40歳ほどの男ですが、実は1581年生まれで400年以上生きているという設定です。こう書くと不老不死の男の物語を想像する人もいるかもしれませんが、少し違います。 主人公は遅老症(アナジェリア)と呼ばれる病気であり、思…

キム・グミ『あまりにも真昼の恋愛』

晶文社の「韓国文学のオクリモノ」シリーズの1冊で、2009年にデビューし、若い世代から人気を得ているキム・グミの短篇集。 「韓国文学のオクリモノ」シリーズは、パク・ミンギュ『三美スーパースターズ』、ハン・ガン『ギリシャ語の時間』、ファン・ジョン…

呉明益『自転車泥棒』

短篇集『歩道橋の魔術師』が非常に面白かった台湾の作家・呉明益の長編。 作家である主人公が父の失踪とともに消えた自転車を探す物語で、出だしは無口な父をはじめとする主人公の家族と、家族の暮らしていた台北の中華商場(「歩道橋の魔術師」でも舞台とな…

イヴォ・アンドリッチ『宰相の象の物語』

松籟社<東欧の想像力>シリーズの新刊はボスニア出身のノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチの中篇と短篇を集めたもの。 収録作品は「宰相の象の物語」、「シナンの僧院(テキヤ)に死す」、「絨毯」、「アニカの時代」の4篇。「宰相の象の物語」と「アニカ…

ミロスラフ・ペンコフ『西欧の東』

1982年にブルガリアで生まれたミロスラフ・ペンコフの短篇集。ペンコフは2001年にアメリカに渡り心理学などを学んだあとに創作活動に入っており、この作品も英語で書かれています。 東欧の作家というとダニロ・キシュなんかをはじめとして一文が長いひねった…

ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』

ハヤカワでも創元でもなく竹書房文庫から出ている本でまったくのノーマークでしたが、ネットで評判を聞いて読んでみたら、これは面白かった! 裏表紙の解説は次の通り。 全長1マイルにもおよぶ、巨大な竜グリオール。数千年前に魔法使いとの戦いに敗れた彼は…

 リチャード・フラナガン『奥のほそ道』

映画『戦場にかける橋』の舞台となった日本による泰緬鉄道の建設。映画を見た人ならご存知の通り、過酷な現場の中で工事に携わった多くの捕虜たちが命を落としました。 この本は、そのような泰緬鉄道建設の地獄のような現場をオーストラリア人捕虜と日本人(…

 ファン・ジョンウン『誰でもない』

私はつまらないものを好む方ですが、人間をつまらないものと見なす社会全体の雰囲気が人々のことばに現れているのを目撃することは、どうにも、わびしいことです。 これはこの本の最後の「日本の読者の皆さんへ」に置かれている著者の言葉ですが、この短篇集…

 ドナルド・E・ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』

国書刊行会<ドーキー・アーカイヴ>シリーズの第5弾『さらば、シェヘラザード』は、第4弾のマイクル・ビショップ『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』に引き続いての作家(ライター)主人公に据えたメタフィクション。『誰がスティーヴィ・クライを造…

 ハン・ガン『ギリシャ語の時間』

ときどき、不思議に感じませんか。私たちの体にまぶたと唇があるということを。それが、ときには外から封じられたり 中から固く閉ざされたりするということを。(192p) パク・ミンギュの『三美スーパーズターズ』が面白かったので、同じ晶文社の「韓国文学…

 ケン・リュウ編『折りたたみ北京』

副題に「現代中国SFアンソロジー」とあるように、現代の中国SFの短編を『紙の動物園』や『母の記憶に』のケン・リュウがセレクトし英訳したものの日本語訳となります。 収録作品は以下の通り。 序文 中国の夢/ケン・リュウ 鼠年/陳楸帆 麗江の魚/陳楸帆 沙嘴…

 イタロ・カルヴィーノ『最後に鴉がやってくる』

国書刊行会、<短篇小説の快楽>シリーズの完結編は、『木のぼり男爵』、『見えない都市』などのポスト・モダン的とも言える作風で知られるカルヴィーノの初期の短篇集。 <短篇小説の快楽>は第一弾のウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』が出たのが2007…

 マイクル・ビショップ『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』

国書刊行会<ドーキー・アーカイヴ>シリーズの第4弾。 <ドーキー・アーカイヴ>シリーズはかなり期待していたのですが、今までに刊行された『虚構の男』、『人形つくり』、『鳥の巣』は、それぞれ面白いものの爆発的に面白い!とまでは言えず…。そのため、…

 ロベルト・ボラーニョ『チリ夜想曲』

白水社から刊行された「ボラーニョ・コレクション」の最終巻。「スタニスワフ・レム・コレクション」とかと比べるとスムーズな刊行ペースだったと思います。 最後を飾るこの『チリ夜想曲』は、150ページ弱の中編小説。ウルティアという神父でもあり文芸評論…

 パク・ミンギュ『三美スーパースターズ』

中学生男子の「痛さ」と妄想を壮大なスケールで描いた『ピンポン』の作者・パク・ミンギュのデビュー作(訳者あとがきに書いてありますが、実はパク・ミンギュはほぼ同時に2つの新人賞を獲得しており、これはそのうちの1つ)が、晶文社の「韓国文学のオクリ…

 クリストファー・プリースト『隣接界』

『魔法』、『奇術師』、『双生児』などの作品で知られるイギリスのSF作家クリストファー・プリーストの新作。 第一部のタイトルは「グレート・ブリテン・イスラム共和国(IRGB)」。フリーカメラマンのティボー・タラントが、トルコのアナトリアでテロによっ…

 レアード・ハント『ネバーホーム』

アメリカの田舎を背景にノコギリで音楽を奏でる鋸音楽師など不思議な人々を、詩に近いような語り口で語った『インディアナ、インディアナ』や、奴隷制の社会に生きる女性の幻想的な語りを通して奴隷制の歪みを描いてみせた『優しい鬼』を書いたレアード・ハ…

 ウィリアム・トレヴァー『ふたつの人生』

「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第3弾は、「ツルゲーネフを読む声」と「ウンブリアのわたしの家」という2つの中編を収録したものになります。 なんといっても特筆すべきは「ツルゲーネフを読む声」。 アイルランドのプロテスタント信徒の娘メア…

 ハサン・ブラーシム『死体展覧会』

1980〜88年にかけて行われたイラン・イラク戦争、1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争、そしてその後の混乱とIS(イスラーム国)の台頭。近年、もっとも戦争というものを経験してきたのがイラクという国なのかもしれません。 そんなイラク出身の作家がこの…

 アダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝』

「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」の1冊。裏表紙の紹介文は以下の通りです。 遥か未来の太陽系、人類はウラノフ一族を頂点とする厳しい“階層”制度に組み込まれた。貧困と圧政にあえぐ市民の前に登場したのが、無法の父にして革命的扇動者―宇宙的殺人者、ジャッ…

 スタニスワフ・レム『主の変容病院・挑発』

国書刊行会から出ていた「スタニスワフ・レムコレクション」がついに完結! 2004年にスタートしてから13年かかるという、国書刊行会ならではのスケジュールですね。 コレクションのラストを飾るのはレムのデビュー作『主の変容病院』と、二篇の架空書評を載…

 クラウス・メルツ『至福の烙印』

白水社の<エクス・リブリス>シリーズ、記念すべき50冊目はスイスの出身のドイツ語作家クラウス・メルツの作品。クラウス・メルツは本書(『ヤーコプは眠っている』)でヘルマン・ヘッセ賞を受賞するなどドイツでも評価の高まっている作家で、この他にもス…