マーガレット・I. リトル『原初なる一を求めて』読了

 マーガレット・I. リトル『原初なる一を求めて』を読了。神田橋條治が訳していて、彼が境界例の治療にあたって読んだというのがこのマーガレット・I. リトルの論文。
 この本はマーガレット・I. リトルの論文集で、特に逆転移に注目しそれを積極的に治療に活用して行こうとする姿勢が特徴的な所。

 過去の精神分析では治療者が患者に対して抱く無意識的・感情的なはたらきである逆転移というものは、「あってはならないもの」、「隠しておくべきもの」というふうにされてきていましたが、リトルはその逆転移こそが、特に境界例状態の患者の治療において鍵になることがあると述べています。
 リトルによれば、境界例の患者というのは自他の区別がついていないことが多く、分析家の解釈も自分のこととして受け止めることが難しい。けれども、分析家が逆転移的に感情的な反応を見せると、そこで初めて分析家が自分とは違う人間だということに気づき、解釈を受け入れるようになるというのです。
 ですから、リトルは分析家が感情をあらわにすることを奨励します。

 分析者の感情は、そのものとして、生じたときには(いつでもではありませんが)、ある程度,実際に、直截に,表現される必要があります。(中略)偽りの感情は,役に立たないどころか、もっと悪いものだと思いますが、強い感情を完全に抑制するのも,まったく役に立ちません。それは非人間的ですし、患者が自分自身の感情に気づきそれを自由に表現できるようにする、という分析の目的について、誤った考えを患者に与えることになります。つまり,感情表現は、子供や患者だけに許され、「正常な」あるいは大人の世界では禁止されている,という印象を与えることになります。(72-73p)

 今までの精神分析では分析家は「非人格的な鏡やスクリーン」(76p)であろうとすべきだ、という考えがありましたが、リトルによれば、「現実,そこにあって,利用できて,毎回の分析作業に存在する現実は,分析者自身です。彼の機能、彼の身体、彼の人格です」ということであって、生身の人間としての分析家という側面がクローズアップされてくるのです。

 このリトルの考えが臨床においてどの程度有効なのかということはわかりませんが、この本に説得力を持たせているのは、彼女の率直でもったいぶらない語り口。次の

 わたくしたちは、患者が健康になるための唯一の理由になりたがっているのです。(47p)

なんてところは、なかなかこうストレートには言えませんよね。

原初なる一を求めて―転移神経症と転移精神病
マーガレット・I. リトル 神田橋 條治
4753398102


晩ご飯はナスとタマネギと牛肉の炒め物