主人公が文学的すぎるとか、主人公がアメリカ人なのになんでこんなに日本人みたいなんだとか、ラストの舞台設定が『ダーウィンの悪夢』そのまんまってのは?とか,いろいろと欠点をあげることはできるけど、これはそういった欠点を補うだけのスケールと衝撃のある作品。
9.11以降テロはますます激化し、ついにサラエボで核爆弾が使用されサラエボは消滅する。そして先進諸国は個人認証などの管理システムによってテロを押さえ込む一方で途上国では民族虐殺が急増していった。そしてその虐殺の背後に見え隠れする謎のアメリカ人ジョン・ポール…。
というような話で、まずその管理社会の描き方が非常に緻密で、なおかつ今の技術の延長としてあり得なくもない世界になっている。帯で大森望が「イーガンの近未来で『地獄の黙示録』とモンティ・パイソンが出会う」と書いてますが、『地獄の黙示録』とモンティ・パイソンはともかくとして、「イーガンの近未来」は十分に展開されている。
そして、チョムスキーなどを使った「虐殺器官」の中身自体はそれほど納得できないし、リアリティがないと思うんだけど、ジョン・ポールの動機というのが、非常にインパクトがある、と言うか、実はあり得るんじゃないか?と思ってしまうことができて衝撃的。
帯には「ポスト9.11の罪と罰」と書いてあるけど、罰はともかくとして、「ポスト9.11の無意識の罪」といったものを見事にえぐり出している作品です。