甲子園に女子生徒が出場する日

 昨日、渡海文部科学大臣が女子部員の練習参加を認めたら?と言ったそうですが、高野連にその気はないようです。
http://www.daily.co.jp/newsflash/2008/03/28/0000894260.shtml

高野連「規則」 女子球児の参加認めず

 日本高校野球連盟の田名部和裕参事は28八日、渡海紀三朗文部科学相が甲子園での女子選手の練習参加を容認すべきだとの考えを示したことに対し「公式行事なので規則にのっとってやっている。今のところ規則を変えるつもりはありません」とコメントした。

 高野連の規定では、公式戦に参加できるのは男子生徒に限られており、公式練習も慣例として女子の参加は認めていない。第80回選抜大会の開幕前に行われた甲子園練習では、山口・華陵高の女子選手がグラウンドでの練習ができなかった。

 正直、「公式行事なので規則にのっとってやっている。今のところ規則を変えるつもりはありません」ってまったく何も説明していないと思うんですが、高野連が女子を締め出す理由には個人的に何となく思い当たるものがある。
 それは、甲子園が戦争のメタファーだからですよね、きっと。

 坊主頭に各校で大差のないユニフォーム、意味がなくても全力疾走、やたらに好まれる延長何回とかの死闘、一番暑さの厳しい季節に生徒の負担軽減とかをまったく考えずに行われる強行スケジュール。すべてが日本の軍隊を指し示しているとしか思えません。
 ひたすら連投を強いられるピッチャーなんかは、補給もなしに前進を命じられる日本の軍隊そのものですよね。
 

 赤坂真理ハンカチ王子こと斎藤佑樹を見て「「学徒出陣」の四文字と神宮球場が浮かんでしまってしょうがなかった」と、『モテたい理由』の中で書いていますが、まさにそうなんだと思います。
 そんな「学徒出陣」の中に女子がいたら神聖な雰囲気が壊れてしまう!というのが高野連の無意識化での思いなんじゃないでしょうか?

 ですから、甲子園で女子生徒が認められるのは
 ア、もう1回戦争が起きて、日本でも女性兵士が活躍
 イ、太平洋戦争の記憶が国民から消える

 のどちらか起きたときじゃないでしょうか?


モテたい理由 (講談社現代新書 1921)
赤坂 真理
4062879212