斎藤環『アーティストは境界線上で踊る』を読了。
精神科医の斎藤環が、草間彌生、できやよい、加藤泉、中ザワヒデキ、やなぎみわ、会田誠、小沢剛、木本圭子、ミスター、小谷元彦、ヤノベケンジ、山口晃、鴻池朋子、村山留里子、田中功起、西尾康之、杉本博司、藤幡正樹、高嶺格、八谷和彦、岡田裕子、タカノ綾、岡崎乾二郎という23人のアーティストにインタビューを行い、それぞれの作家論を書いた本。もともと『美術手帖』で2004年から2006年にかけて行われた連載が元になっています。
この本を手に取る人は現代美術が好きな人か、斎藤環の書くものが好きな人だと思うのですが、僕は完全に後者。
正直、上記のアーティストのうち草間彌生と杉本博司くらいしか知らなかったですし、カラー口絵の写真を見ても全然ピンと来ないアーティストも多かったです(ただし、ビデオ作品とか空間プロデュースみたいな作品はさすがにしょうがない)。
それでも本自体はなかなか面白い。
まず、近代以降の絵画や彫刻は現実の具象からどんどんと離れていっている状況にあるわけですが、そうなると当然ながら芸術家の内面といったものが作品の前景に出てくることになります。ですから、現代美術のアーティストの多くは自らの内面を語る言葉を多く持ちますし、精神分析的な考えをインストールしているような人もいます。そして、このことは斎藤環とのインタビューでも明らかにされています。
けれでも、ラカンの「無意識は言語によって構造化されている」という言葉を信じるならば、単なる内面探求によってオリジナリティのある作品が生まれるとは思えません(これは僕の考えであって斎藤環の考えではないです)。さらに、近年はアウトサイダーアートという、本当に精神を病んだ人達によるある種の迫力に満ちた作品にもスポットライトが当てられており、単純に自らの内面を探求してそれを作品にしようというアーティストが生き残っていくのは難しいでしょう。
そこで重要になるのが「方法」で、この本でもそれが一番のテーマとなっています。
僕がこの本で一番すごいと思ったアーティストは西尾康之で、彼は「ガンダム」展で巨大なセイラ・マス像をはじめとして存在感をもった彫刻をつくる彫刻家(彼のホームページで(http://www.h4.dion.ne.jp/~mirror/)で見ることのできる幽霊の絵も素晴らしいですが)。
彼はホームページで「貞子日記」、「恐怖日」といった自らの恐怖体験を書くなど、ある意味で「わかりやすい」人なのですが、その「陰刻鋳造」という独自の手法に特徴があります。
通常鋳造技法は、まず粘土などで原型を作り、これ基に鋳型を取った後、その鋳型にたとえば石膏などを流し込んで原型と同じ像を得る。しかし陰刻鋳造の場合は原型が存在しない。原型なしでいきなり鋳型をつくる。具体的には、粘土に指を押し付けて窪みを作り、これを鋳型として石膏を流し込む、という方法で日本でこれを行っているのは西尾康之くらいしかいないそうなのですが、これが普通の彫刻とはちがった迫力を西尾康之の作品に与えています。
逆に、方法的に特に際立つものはないけど、インタビューで語られる内面がめっぽう面白いのがタカノ綾(変換して気付いたけど漫画家の高野文から名前を取ったのかな?)。
17歳くらいの時に初めて物心がついたという話は斎藤環も驚く内容で、作品もアウトサイダーアーティストの作品に限りなく近いような気がします。
それ以外で面白いなと思ったのが会田誠と田中功起。
現代美術ガイドブックとしても使える本だと思います。
アーティストは境界線上で踊る
斎藤 環
晩ご飯はマカロニグラタン