日本の大学についてのメモ

 今、本田由紀の『「家庭教育」の隘路』を読んでいるんだけど、そこで2人の母親が語る大学についての発言が興味深い。ちなみに前者が大卒、後者は高卒のお母さんです。

 大学を出なければ、将来生活ができないっていうことはないと思うんですが、そういう期間があってもいいのかなっていう気はしますね、うん。大学という環境の中で、やっぱり社会に出てしまうとなかなかできないような、ゆったりとした時間というか、いろいろ自分のことを考えたりとか、それこそ、夏休みという長期の期間を使って、じゃあちょっとどこか行ってみようとか、そういう期間ってのは、他にはなかなかないと思うので。

 こないだ娘と一緒に、大学を何校か見てきたんですけど、自分も大学に行ってないせいもあるんでしょうけど、なんかほんとに勉強しているところって感じがしなくいて、そういう場所だとは見えなかったですね。子供たちも、大学は遊ぶところってイメージを抱いたみたいで。ダンス踊ってたりとか、サークルばっかりが目立って、何を勉強するところなのか、ちょっとわからなかったなぁ。こんなとこに何十万ってかけるのかなぁなんて思いながら。


 実はこの2つの発言、大学についてのイメージに関してはほとんど同じなんですよね。大学は勉強するところというよりも、社会に出る前にサークル活動とかを楽しんだり友達と一緒に旅行行ったりするような場所という感じで。そうした大学のイメージに対して、大学を経験した一番目のお母さんは肯定的だし、大学に行ってない二番目のお母さんは否定的だという。
 僕も大学(文学部)に行ったので、一番目のお母さんのいうこともわかりますし、ゆとりのある大学の4年間というのは貴重な時間ではあると思います。
 ただ、まっとうなのは「こんなとこに何十万ってかけるのかなぁ」って思いですよね。
 単にサークル活動や旅行、仲間づくりが目的なら何十万の授業料はなんなんだと。

 
 大学で一番苦労するのが第二外国語の単位だとか体育の出席だとかいうのは、すごくありがちなことではあるけど、相当間違ってることでもありますよね。


「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち
本田 由紀
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