ジェフ・ライマン『夢の終わりに…』読了

 クリストファー・プリーストの傑作『魔法』はもともと早川の「夢の文学館」というシリーズから出ていたのですが、そのシリーズの1冊がこのジェフ・ライマン『夢の終わりに…』。訳も同じ古沢嘉通です。
 古本屋で見つけたかったのですがこれがなかなか読ませる本!

 
 内容はというと、『オズの魔法使い』をめぐるもう一つの物語です。
 ミュージカル映画にもなって大ヒットした『オズの魔法使い』。カンザスに暮らすドロシーが愛犬のトトとともに竜巻に家ごと巻き込まれて「オズの国」へと飛ばされてしまい、そこで脳の無いカカシ・心の無いブリキの木こり・臆病なライオンと出会い、それぞれの願いを叶えてもらうためオズの魔法使いに会いに行くというこの話は、考えてみればちょっと不思議なところがあって、ドロシーが実両親ではなくエムおばさんとヘンリーおじさんと暮らしている点。
 「ホームよりもいい場所はない」ということにドロシーが気付くラストですが、その「ホーム」とはドロシーにとって実は本当の「ホーム」ではない。
 その部分と、『オズの魔法使い』の原作者であるフランク・ボームが一時期カンザスで代用教員をしていたという事実から、「ドロシーには実在のモデルがいた」という設定で書かれたのが、このジェフ・ライマン『夢の終わりに…』。


 ここまで読んで『オズの魔法使い』が大好きな人なら、「じゃあ読んでみたい!」と思うかもしれませんが、『オズ』の夢の世界が大好きな人には決してお薦め出来ません。というか、読まないほうがいいです。
 なぜなら、ここで語られる実在のドロシーの物語というのは余りに暗く陰惨だからです。
 カンザスの農民にのしかかる不景気、貧しさの中でも見栄だけは守ろうとするエムおばさん、そんなカンザスにやってきたドロシーは愛犬のトトとも別れてしまい、暗い毎日を送っています。
 そんなドロシーの物語に、『オズの魔法使い』で一躍スターになったジュディ・ガーランドの少女時代の話や、晩年のドロシーと老人ホームで出逢うビルという若者の物語、さらには小さい頃に『オズの魔法使い』を愛読し、大人になってホラー映画の俳優になったジョナサンの物語が絡んでいきます。
 最後のジョナサンの話というのが、この小説のもう一つの核ともなる話で、ゲイでありエイズにかかったジョナサンはカンザスにドロシーの痕跡を求めにいきます。


 全体的にやや構成を複雑にしすぎているような気もするのですが、著者が一貫して掲げているのは、ファンタジーは虐げられたものが夢見るものだということ。
 「虐げられたドロシーの夢見たもの、それが「oz」なのだ」、というのが著者の見立てになります。
 けれども、そうした著者のファンタジーが徹底した取材によって構築されているのもこの小説の面白いところ。最後の「リアリティ・チェック」という部分を読めば、その一端がうかがえます。
 この小説の原題は『Was…』。「OZ」とかけているであろうこの言葉には、リアリズムによってファンタジーを再構築しようとする狙いが表れたタイトルです。


4152079460夢の終わりに…
ジェフ・ライマン 古沢 嘉通 Geoff Ryman
早川書房 1995-08

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