ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』読了

 第一部の終わりが

 この夜、これからさき、どんなに驚くべきことがモスクワで起こったかは知らないし、無論、あれこれと詮索するつもりはない。それでなくとも、この真実の物語の第二部に移る時が訪れているのだ。私につづけ、読者よ。

で、それに続く第2部の始まりが

 私につづけ、読者よ。まぎれもない真実の永遠の恋などこの世に存在しないなどと語ったのは、いったい誰なのか。こんな嘘つきの呪わしい舌なんか断ち切られるのがよいのだ。
 私につづけ、読者よ。ひたすら私につづいてくるのだ、そうすれば、そのような恋をお見せしよう。

 かつて、こんなにもわくわくさせる第一部と第二部のつなぎ方があったでしょうか?
 この本の帯で、この世界文学全集の編者である池澤夏樹は「時として小説は巨大な建築である、これがその典型」と書いていますが、それは嘘。「巨大な建築」だったら、こんな読者を引っ張る圧倒的なパワーは出ないでしょ。
 確かに、小説の開始直後にドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』の大審問官のエピソードを思い起こさせる、キリストの処刑を命じたポンティウス・ピラトゥスの話が出てきて、宗教的・哲学的なこの本のテーマを予告しますが、全編を貫くのは、舞城王太郎の『阿修羅ガール』の前半並みの圧倒的なパワー。600ページ近い分厚さを圧倒的なパワーで引っ張ります。


 モスクワに現われた悪魔ヴォランドの一味によって次々と精神病院送りになる人々、魔女となったマルガリータの暴走。どう考えても、評論家や政府によって自らの作品の発表の機会を奪われたブルガーコフの私怨をはらすためとしか言いようがない展開なんだけど、それがとにかく面白い。
 不条理というよりも、因果関係の極端な短絡と言った感じの会話や出来事の数々は、例えば、現代のロシア作家のペレーヴィンなんかにも通じるものがあるけど、この『巨匠とマルガリータ』のほうが断然勢いがある。


 そして、ベゲモート!
 悪魔ヴォランドの一味の二本足で歩く巨大な黒猫ベゲモード。
 ヴォランドに仕える元聖歌隊長のコロヴィエフとベゲモードのコンビは最高で、特にベゲモート。
 路面電車に乗り込もうとするベゲモート、黒魔術ショーで婦人方に服を提供するために巻き尺を首からぶら下げるベゲモート、変身するためにチェスの駒を探す振りをしてベットの下に潜り込むベゲモート、とにかくこの道化的なキャラのベゲモートは最高です。
 ベゲモートとコロヴィエフが外貨専門店に現われてベゲモートが売り物の食べ物をボリボリ食べて周囲を大混乱に陥れる「コロヴィエフとベゲモートの最後の冒険」の章は、作者のこの2人への愛ゆえに書かれたという感じです。
 とにかく、このおしゃべりでずうずうしく、それでいて少し間抜けなベゲモートは文学史上でも屈指のキャラ。

 
 作者のブルガーコフは10年以上にわたって自らの作品を発表できず、発表できるあてもないままひそかにこの『巨匠とマルガリータ』を書き続け、失意のうちに亡くなりましたが、それでもこの『巨匠とマルガリータ』を執筆していたとき、ブルガーコフは秘かに爆笑していたのではないかと思わせるような作品です。


 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20071021で「私家版・世界十大小説」というのをやりましたが、『異邦人』か『黒い時計の旅』あたりを外して、この『巨匠とマルガリータ』ですね。


巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5)
ミハイル・A・ブルガーコフ 水野 忠夫
4309709451


晩ご飯はチンジャオロースと冷奴