精神疾患と言えば脳の病気、もっと細かく言えば脳の中の神経伝達物質のバランスが崩れている、あるいはレセプターに問題があるということで、そういった神経伝達物質をコントロールする薬が治療に使われています。
けれども、そんなに明快な理論があるなら、薬の聴かない患者がいるのはなぜ?薬を服用しだしてから実際に効果が出るまでに2、3週間かかるのはなぜ?そして、抗うつ薬として開発されたはずの薬が、他の強迫的な症状や過食などにも聴くとされるのはなぜ?
こういった疑問に答えたのがこの本。
この本で著者は、根本にある脳内の神経伝達物質が病気を引き起こしているという理論がきちんと証明されたものではないということを、証拠や文献を精査して示していきます。
この本で主にとり上げられるのはうつ病に関する生体アミン仮説と統合失調症のドーパミン仮説。
監訳者の功刀浩が指摘するように統合失調症のドーパミン仮説はやや古い説のようですが、うつ病に関しては今でもこの本で疑問が呈されている理論に基づいて、セロトニンなどの神経伝達物質をコントロールしようとする薬が幅広く使われており、ある意味でラディカルな主張を行っている本です。
では、なぜそうした不完全な理論が幅を利かせているのか?
そこで、著者が指摘するもが巨大な製薬業界、薬を使わない精神療法を金がかかるとしていやがる保険会社、カウンセラーなどの精神療法家に自らの仕事を奪われまいとする精神科医たちの存在です。
また、患者団体も「脳内のバランスが崩れているだけの病気だ」と言われたほうが、遺伝や家庭教育の問題だとされるよりも遥かに受け入れやすいからだという、ちょっと気付かなかった指摘もあります。
内容的には、http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20060326で紹介したデイヴィッド・ヒーリー『抗うつ薬の功罪』に似た部分もあるのですが(精神医学に置ける製薬会社の巨大な影響力など)、『抗うつ薬の功罪』が一種の告発本であったのに対して、こちらはもう少し引いた立場から現在の精神医学を考え直してみようという本になっています。
その分、『抗うつ薬の功罪』に比べると専門的で読みにくい部分もあるのですが、帯で中井久夫が「見通しのきかない移行期であるいま、本書は新たな古典である」と述べているように、この分野に興味がある人には読む価値のある本だと思います。
精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構
功刀 浩 中塚 公子