ジェフ・ライマン『エア』読了

 「プラチナ・ファンタジイ」シリーズの第5弾は、ジェフ・ライマンの『エア』。
 ジェフ・ライマンはhttp://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080408で紹介した『夢の終わりに…』なんかを書いたカナダ生まれの作家。
 この『エア』は英国SF協会賞、アーサー・C・クラーク賞のダブルクラウンに輝いた作品(このダブルクラウンを獲った作品は本作以外だとクリストファー・プリーストの『双生児』のみ)で、さらにはジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞も受賞しているという輝かしい受賞歴のある小説です。
 ただ、『夢の終わりに…』もそうなんですが、この『エア』も派手さはない。また、SF的な設定としても大げさなものがあるわけではないので、いわゆるSFファンには物足りない面もあるかもしれません。
 

 表紙の見返しにある紹介は次の通り。

未知のテクノロジーがもたらす衝撃を、
ひとりの女性の人生に託して描く大作。

2020年、中国、チベットカザフスタンに国境を接する山岳国家カルジスタンのキズルダー村では、先祖伝来の棚田を耕し、昔から変わらぬ生活を続ける人々が暮らしていた。中国系女性チュン・メイは、そんな村の女性のために、町にでかけてドレスや化粧品を調達し収入を得る“ファッション・エキスパート”だった。
ある日、キズルダー村で、新システム〈エア〉のテスト運用が行なわれることになった。〈エア〉は脳内にネット環境を構築し、個々人の脳から直接アクセスを可能にする新ネットワーク・システムで、一年後の全世界一斉導入が予定されていた。
だが、テストの最中に思わぬ悲劇が起きる。メイの隣人タンおばあさんが、システムの誤作動が原因で事故死してしまったのだ。テスト中、メイは〈エア〉内でタンおばあさんと交感、彼女の全人生を体験する。それ以降、おばあさんの意識はメイの脳内に住みついてしまうが、まるでその代償であるかのように、メイは偶然〈エア〉にアクセス可能なアドレスを取得する。それをきっかけにメイの人生は急転回を見せはじめる。〈エア〉がメイに、そして人類にもたらすものとは……。

 ということで、これだけ読むと人類の運命に関わる壮大な物語のようにも思えますが、基本的なストーリーは「文明化・情報化がまったく進んでいなかった村にインターネットが入ってきて村とそこに住む人々を変えていくという話」。
 こんなふうに書くと、「じゃあ、つまんなそう」と思われるかもしれませんが、でもこの本は読み応えがあって非常に面白い小説。
 

 全体がほぼ主人公の「おばさん」であるメイの視点で進み、途中でメイ宛のメールなどが挟まれるものの、基本的には時間軸に沿って進むオーソドックスな展開です。途中でしゃべる犬とか<エア>の規格をめぐる国連が推すUNフォーマットと民間企業が推すゲイツフォーマットの争いなど、SF的なネタも出てくるのですが、物語の中心にあるのは常にメイと村の人々の物語。
 作者のジェフ・ライマンは「恒星間宇宙旅行」とか「平行宇宙」とか「不老不死」とかそういった「ありえない」設定を排してSFを書こうという「マンデーンSF」の提唱者なのですが、この本はまさにその「マンデーン(Mundane=この世の, 俗界の; 宇宙の; 日常的な; 新鮮味のない.)」な、ネットとテレビの到来によって変化していく村の姿とそこに暮らす人々のことを丁寧に描いており、その丁寧な記述がラストで静かな感動を引き起こします。
 

 「訳者あとがき」には『夢の終わりに…』が売れなかったとうことが書いてあって、この本もセールス的には心配な面もあるのですが(でも、『夢の終わりに…』は面白い本!)、広く読まれて欲しい本ですね。


エア (プラチナ・ファンタジイ) (プラチナ・ファンタジイ)
ジェフ・ライマン
4152089229