コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』読了

 この道には神の言葉を伝える人間が一人もいない。みんなおれを残して消え去り世界を一緒に連れて行ってしまった。そこで問う。今後存在しないものは今まで一度も存在しなかったものとどう違うのか。(29p)

 これがこの小説のテーマを一番凝縮した部分じゃないかな?
 

 『ノーカントリー』の原作『血と暴力の国』を書いたコーマック・マッカーシーの新作は、おそらく核戦争かなにかでほとんど死滅してしまった世界を旅する父と子を描いた物語。
 寒さと暗さに覆われた世界が終った後の風景を、親子はカートを押しながら南へと向かいます。
 政府の機能も都市もなくなったこの世界では、一部で「マッドマックス」的と言うか「北斗の拳」的な弱肉強食的な世界の姿をうかがわせる部分もあるのですが、物語はあくまでも静かに進みます。
 そんな道中を通して浮かび上がってくるのが、上の引用部分にあるような「未来がなくなりつつある中で、それでも生きる意味とは?」という問いです。
 それは例えば廃墟となった図書館についての次の部分なんかにも当てはまるでしょう。

 書架はみんなひっくり返されていた。何千列にも並んでいた嘘に対する憤怒。彼は一冊手にとり水を吸って膨らんだ重いページを繰った。彼はどんな小さなものの価値も来るべき世界に基礎を置いていることを思ってみたことがなかった。彼は驚かされた。これらのものが占めていた空間自体が一つの期待であったことに。彼は本をその場に落とし最後にもう一度周囲を見まわしてから冷たい灰色の光の中へ出ていった。(170ー171p)

 そんな未来のなくなった世界で父は息子のためにときには非情に、ときには優しさを持って生き抜こうとします。父にとっては息子こそが未来であり、希望だからです。
 
 
 では、息子は何のために生きればいいのでしょう?
 本当に未来や希望がなくなった時に残るものは何なのだろう?

 
 そんなことを考えさせるラスト。
 同じく「世界の終わり」的風景を描いてきたスティーヴ・エリクソンが絶賛するだけあって、派手さはないものの力強い描写で「世界の終わり」を描ききってみせた素晴らしい小説だと思います。


ザ・ロード
黒原敏行
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