どうして女性や貧しい人が高福祉を嫌うのか?

 今日の日経ビジネスオンライン神野直彦へのインタビュー「手厚いセーフティーネットが強い国を作る」が非常に興味深い。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090105/181859/

 このページは時間がたつと会員以外は読めなくなっちゃうので、メモ代わりに特に興味深い後半を引用しておきます。

「サービスを減らせば増税に応じる」という国民の不可解

 ―― シュンペーターワークフェア国家は様々なセーフティーネットを張り巡らし、福祉を就労に結びつけていく国家。それによって、国民一人ひとりの能力を高めていく国家ですよね。当然ですが、国民負担は増えますが、それについてはどうお考えですか。

 神野 福祉や医療、教育のことをソーシャルサービスと言いますが、スウェーデン語では「オムソーリ」と言うんですね。これは、「悲しみの分かち合い」という意味です。スウェーデン人が税を納めるのは悲しみを分かち合うため。悲しみを分かち合うことがウェルフェア(幸福)につながると考えている。

 もちろん、国民負担は上げなくちゃいけないけど、税負担が上がっても、安心できるセーフティーネットが構築できれば、全体としてはいい。好循環で回っていくリズムが生み出せれば、そんなに恐れることはありませんよ。

 ―― 国と国民の信頼関係が失われている日本は悪循環に陥っていますね。

 神野 正直なところ、今の国民が言っていることはよく分からない。メディアを含めて、「増税をするなら歳出を削減しろ」と言う。普通、公共サービスは国民の生活を支えるのに必要なものでしょう。そう考えると、多くの人は「必要な公共サービスを減らしてくれれば、負担増に応じる」と言っていることになる。

 ―― …まあ、そういうことになりますね。

 神野 それからさ、「財政再建のための増税に応じる」と言う人も多い。財政再建なんだから、サービスは増えませんよね。つまり、「サービスが減るか、同じだったら負担増に応じてもいいけど、サービスを増やすのは嫌だ」と言っていることになる。こういう考え方は普通あり得ない(笑)。どうなっているのか分からない。端的に言ってしまえば、民主主義が機能していない。

 ―― なぜ、国民は論理的に考えることができないのでしょう?

 神野 分からない。ただ、スウェーデンのケースから考えられるのは、公共サービスが中産階級の生活を支えているかどうか、それが国民が納得できるかどうかのポイントなんだと思う。

国民の多くが公共サービスを体感していない

 政府を信用していないのは何も日本だけの話ではありません。スウェーデン人も政府を信用していないし、非効率だと思っている。ただ、「あなたは医療を充実させるために、増税に応じますか」と聞くと、「イエス」と皆が答える。「保育を充実させるために増税に応じますか」という質問に対しても「イエス」。養老サービスもイエスなんです。

 ただし、「ノー」と答える場合が2つある。それは、生活保護と住宅手当。簡単に言ってしまえば、貧しい人に限定されるサービスに税金を使うのはスウェーデン人もノーなんだよ。つまり、増税に応じるか否かは、それによって行われる福祉というサービスが中産階級を支えるかどうか。日本はサービスが中産階級を支えないから増税に応じない。

 ―― 要するに、多くの国民が公共サービスをサービスとして感じていないということですね。

 神野 この間、うちの大学が総力を挙げて納税意識調査をやったんだ。「あなたは高福祉であれば負担が高くても応じますか。それとも、税金が安ければ、低福祉でもいいと考えますか」という問いに対して、回答者の6割は「福祉がよければ負担が高くても構わない」と答えている。この率は、年々増えているんですよ。

 ただ、中身を見てみると、やっぱり訳の分からないことになっている。男女別に見ると、男性は7割が高福祉高負担に賛成。でも、女性がダメなんだよ。女性は福祉の恩恵に浴するはずなのに、低福祉低負担を望む率が半分。それで、平均すると6割になる。

危機を前にどうでもいいことばかり議論している日本

 もう1つ分からないのは、1000万円以上を高額所得者と区切って分類しているんだけど、所得が高くなればなるほど高福祉高負担に賛成、逆に低くなればなるほど低福祉低負担に賛成となる。この結果を見ると、どうなっているんだ、この国は、と思わざるを得ない。もう訳が分からない。

 ―― サービスの実感を持っていない。だから、負担増ということに過剰に反応してしまう。

 神野 持ってないからだろうね。何でかな。女性も実感として、公共サービスが何も生活を支えてくれない、と思っているのかな。

 ―― そういうことですよね。とにかく、今は国がやらなければならないことが山ほどありますよね、本当に。

 神野 どこから手を着けていいのか分からないけど、全部手を着けないとダメだよ。総合的な視野に立ってやらないと、本当にクラッシュするよ。冗談抜きに。

 「女性がダメなんだよ。女性は福祉の恩恵に浴するはずなのに、低福祉低負担を望む率が半分。それで、平均すると6割にになる。」と「所得が高くなればなるほど高福祉高負担に賛成、逆に低くなればなるほど低福祉低負担に賛成となる。」という結果は、確かに合理的に考えれば「もう訳が分からない。」ですよね。
 セーフティーネットの拡充を訴える神野直彦にとっては、この女性と低所得者層の「頭の悪さ」は頭の痛い問題でしょう。

 
 でも、本当に女性や低所得者が「頭が悪い」のか?というと、そうではなくて、これらの人が今まで「権利」あるいは「既得権」から疎外されつづけて来たからじゃないでしょうか?
 「増税をするなら歳出を削減しろ」というのは、「増税するなら既得権を減らせ」という声とたぶん同じだと思うんですよね。
 去年は「居酒屋タクシー」が問題になりましたが、個人的にはあれは非常にくだらない問題だと思いました。「深夜まで働いているんだからタクシーで家に帰るのは仕方がないし、商品券はさすがに問題ですがビールの一杯くらいはサービスじゃないの?」と感じましたし、深夜まで残業を命じられたらタクシーで帰るのは「権利」でしょ。
 ただ、おそらく女性でこういった「権利」を体験した人、つまり組織の金や力を正当な形で利用したことのある人って少ないのではないでしょうか?
 こういった権利の中には「既得権」としか言いようないようなものもあって、それはもちろん是正されるべきなのでしょうが、タクシーで帰る「権利」とか、退職金を受け取る「権利」とか正当なものもあります。ところが、こういった「権利」は何か組織に属していていないと利用できないものです。
 そういった組織から疎外されている、女性や非正規の労働者などが「権利」全般に不信感を持っているということはありえることでしょう。(話によれば非正規の人は利用できない社食とかもあるそうですから、そういうものは非正規の人にとっては「権利」や「福祉」ではなく打倒すべき「既得権」に映りますよね)


 神野直彦が主張するセーフティーネットの拡充という方針は間違っていないと思います。
(個人的にはそれをフリードマンの主張する「負の所得税」のほぼ1本で行うのがよいと思います)
 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20081025/p1参照

 ただ、この女性や低所得者の「権利」への不信感を考慮に入れない限り、なかなか新しい「福祉」の姿というのは描けないのではないでしょうか?