高層マンションが犯罪を招き、ゲイが街を救う(ティム・ハーフォード『人は意外に合理的』)

 ティム・ハーフォード『人は意外に合理的』を読了。
 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20061201で紹介した同じ著者の『まっとうな経済学』は、タイトル通り社会の様々な経済現象を経済学の正統的なツールで分析した好著で、経済学の入門としてうってつけのような本でしたが、今回の本は経済学のツールを使って、一見、経済学とは関係のない事象を読み解くという感じの本になっています。
 前半は、未成年のオーラルセックスの動向、アルコールの依存症、ポーカーの必勝法、結婚と離婚、上司の給料などいかにも面白そうなテーマが並んでいますが、この手の本を読んだことがある人にとっては実はそれほど新鮮味がないかもしれません。スティーヴン・レヴィット , スティーヴン・ダブナー『ヤバい経済学』なんかはもっと切れ味鋭いですからね。
 

 けど、後半の都市経済学的な部分や政治を扱った部分なんかは面白い。
 特に第5章の「居住区にて 街角で刺されないための経済学」は、都市とか街づくりに興味のある人にとっては非常に面白いトピックではないでしょうか。
 街角で刺された2人の女性をとり上げ、片方が殺され、もう片方は命が助かった要因は何なのか?ということを探っていくのがこの章の中心的な話題なのですが、そこでまず浮かび上がってくるのが「街路の目」というものであり、その「街路の目」を失わせる高層建築が犯罪を誘発するというのです。

 建物の階数が一つ増すたびに、街路で強盗に遭ったり、車を盗まれたりするリスクは二・五ポイント高くなる。十二階建ての建物に住んでいたとすると、二階建ての建物にくらべて、ひったくりに遭う確率は二五ポイント上がるということだ。建物が高ければ高いほど、玄関と街路が切り離される人が多くなる。グレーザーとサチェルドーテは、貧困率公営住宅などのたくさんの要因を調整しているため、これは鉄とコンクリートのみがもたらす大きな影響である。ジェイン・ジェイコブズは正しかった。都市の居住区と建物は、ただ単に景観を左右するだけではない。地域そのものが生きるか死ぬかを左右する。(200p)

 この数値が日本に当てはまるのかどうかはわかりませんが、日本では逆に孤立してセキュリティによって住人以外が入れないような高層マンションこそが安全と思われているのではないでしょうか?
 これは頭に入れておいたほうがいいデータだと思いますし、ひょっとしたらマンション建設反対運動かなんかで今後主張されるようになるかもしれません。


 では、一度失われた「街路の目」を取り戻すことは可能なのか?
 そのことが可能だと示してくれた例が、この本でとり上げられているワシントンの十五番通りの例です。
 貧困にあえいでいた十五番通りはバーの近くに住みたいというゲイたちが移り住むことによって、安全な街へと変わっていきます。ないとライフを楽しむために、犯罪や「荒れた学校」に目をつむって移り住んだゲイたちが「正のスパイラルの引き金を引いた」のです。
 このへんも日本の常識とは逆のところで、日本だと「同性愛者が住んでいるなんて大丈夫?」みたいな偏見がまだまだありそうですが、人通り、そして人びとの多様性というのがもっと重要なんですよね。


 これ以外にも合理的に人種差別が成立してしまう可能性を描いた第6章、少数者が多数者を搾取するという倒錯的な制度が生まれる理由を説明した第8章も面白いです。特に第8章の貿易に置ける保護主義の根強さを説明する理論にもなっていますし、もっと広く既得権の根強さを説明する理論にもなっていると言えるでしょう。
 やや、上手い文章にしようとしていて読みにくい部分もありますが、新鮮な考え方を提供してくれる本。
 また、これを読むと英米圏(特にアメリカかな?)では、社会学が力を失い、経済学に吸収されてしまっている現実も感じますね。

人は意外に合理的 新しい経済学で日常生活を読み解く
遠藤 真美
4270004363