副題は「ロストジェネレーションの社会学」。「またロスジェネ本か…」と思われる人もいるでしょうが、これは読む価値のある本。分析の深さ、冷静さ、独自性、いずれも高いレベルにあります。
著者はアメリカ・ハーバード大学ライシャワー日本研究所教授で、30年以上に本を研究してきた人物。著者がアメリカ人女性で、そのような人物が「日本の若い男性の苦境」について分析をするというのが、この本のまず第一の特徴。
このことについて著者は次のように書いています。
いま読者のみなさんの考えている「あたりまえ」は、私の目にとまった日本社会の現在と過去の「あたりまえ」と違うかもしれない。しかし、ある国や社会の「あたりまえ」は、わたしのように外から見た方が目につきやすい場合もある。(9p)
そして、こうした外の視点から著者が注目したのが、就職の斡旋もする日本の高校の進路指導部の存在。
アメリカにはない、この学校が生徒の就職の橋渡しをするというシステム。このシステムのおかげで、どういった「場」に所属しているのかを重要視する日本社会において、生徒は学校という「場」から企業という「場」へと移行することができましたが、90年代の不況と産業構造の変化によって、この学校と企業のつながりはほぼ破壊されてしまい、若者たちは「ロスト・イン・トランジション(移行の途中で行き先を失った)」の状態に陥っているというのが著者の分析です。
特にこの学校と企業のつながりは成績レベルが低い普通高校でほぼ消滅してしまっており、まだ企業とのつながりを何とか残している工業高校にくらべ、レベルの低い高校の生徒がもっとも困難に直面しています。
高校の進路指導の先生への聞き取りと企業の求人データなどをから、著者はこの学校と企業のつながりの変容と消滅を丁寧に示していきます。今までのロスジェネ本だと、ルポタージュ的な告発か、あるいは完全にマクロのデータに依拠したものが多かっただけに、その中間の領域を埋める研究と言えるでしょう。
また、日本の若者への温かい見方とある種の柔軟な正義感が全編を通じて感じられるのもこの本の特徴。
上にも書いたように著者は女性の社会学者であり、今まではジェンダーの不平等などについて研究してきた人物です。しかし、この本において触れられているのはもっぱら若い男性で、女性に関する記述はほぼないです。
このことに関して著者は次のように述べています。
既婚・未婚や子供の有無を問わず、日本の女性たちが仕事と私生活を両立するためのさまざまな新しい方法を試みているのに対し、日本の若い男性はまだ新しい試みを始めたばかり。社会が個人に押しつける「立派な日本男性」の定義は、まだ相変わらずきわめて狭いままだ。
だからこそ、私は日本の若い男性をテーマに本を書いたのだ。いま若い男性が直面しているジレンマは、日本の社会と経済、そして日本人全体が取り組むべき課題を映す鏡だ。その課題とは、もっと柔軟で寛容になり、さまざまなタイプの生き方(つまり「人生のコース」)を受け入れることである。(218p)
この本の最後のほうで、著者は「「若者に夢と希望を持たせる」という処方箋には賛成できない(202p)」と述べていますが、この言葉が冷たい突き放しではなく現実を知った上での温かいアドバイスだと感じられる、そんな本だと思います。
失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学
玄田 有史(解説) 池村 千秋