『エヴァ・トラウト』(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080329)
『リトル・ガールズ』(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080923)
に続く、国書刊行会、「ボウエン・コレクション」の第3弾にして完結編。
このシリーズはやや訳に難があって、訳文が固くて読みにくいのですが、それでも結局全部読んでしまったのはボウエンのミステリアスにして辛辣な世界の面白さがゆえでしょう。
むせ返るような六月の夏、ロンドンからアイルランドの故郷に戻った美しい少女ジェインは、屋根裏のトランクから古い手紙の束を見つける。差出人のイニシアルはG―第一次大戦で戦死した、母の許婚ガイのサインだった。過去につなぎとめられた愛と今を生きる愛と。死者のガイに恋をしたジェインが手紙から明らかにする過去の真実とは―。
というのが、Amazonに載っているこの『愛の世界』という小説の紹介なのですが、これは手紙からだんだんと真実の過去が明らかになってくるようなそういう類の小説とはちょっと違います。
舞台となるのはほぼ現在、けれでも登場人物はほぼ全員過去に縛られています。
第1次世界大戦で戦死したガイ、その従妹のアントニア、ガイの許嫁のリリア、ガイとアントニアの庶出の従兄フレッド。アイルランド・モントフォートの荘園を維持するために、ガイを失ったアントニアはフレッドとリリアを結婚させることを思いつき、2人にはジェインとモードという2人の娘が生まれます。
ガイが死んだことで、欠けてしまった何か。フレッドとリリアの結婚はその欠落したものを埋めるはずのものでしたが、結果的に、この小説の登場人物たち(まだ小さく悪魔的なキャラであるモードを除けば)は、いずれもガイの亡霊に取り憑かれていると言っていいでしょう。
そして、冒頭に出てくるガイの手紙というのも、過去を明らかにするというよりはジェインがガイの亡霊に取り憑かれる契機として存在しています。
亡霊が実際に出てこないのに登場人物は強く亡霊の影響を受ける、このへんは同じアイルランド出身の作家ウィリアム・トレヴァーの中編「マティルダのイングランド」(『聖母の贈り物』所収)に似ていますね。
「マティルダのイングランド」もそうですが、ここでも第1次世界大戦がイギリスに与えた大きな影というものを感じずに入られません。
それをボウエンは次のように書きます。
死の認識ができないままになると、その間、何一つ決着がつかず、何も署名されず、何も封印されることがない。我々の末期の間隔はさらに手ごたえがない。二度の戦争がその感覚に対する疑惑を浮上させた。何かが自然の法則に挑んできた。たとえば、戦場における若い死を、何はともあれ運命の結果だと見るのはつらく、明らかに途中で切断された人生の継続を、感じないのも、問わないのもまたつらく、それほど突然で、無意味な、即時の消滅があり得たのか?そして消滅ではないなら、では何なのか?(70p)
訳に関しては冒頭にも書いたように、かなり難しい英文を直訳している感じで読みにくいですが、それをクリアーできれば面白いです。
ボウエン・コレクションの中での面白さとしては、エヴァ・トラウト>リトル・ガールズ=愛の世界、という感じですかね。
愛の世界―ボウエン・コレクション (ボウエン・コレクション)
Elizabeth Bowen 太田 良子