コーマック・マッカーシー『すべての美しい馬』

 1949年。祖父が死に、愛する牧場が人手に渡ることを知った16歳のジョン・グレイディ・コールは、自分の人生を選びとるために親友ロリンズと愛馬とともにメキシコへ越境した。この荒々しい土地でなら、牧場で馬とともに生きていくことができると考えたのだ。途中で年下の少年を一人、道連れに加え、三人は予想だにしない運命の渦中へと踏みこんでいく。至高の恋と苛烈な暴力を鮮烈に描き出す永遠のアメリカ青春小説の傑作。

 これがカバーの裏に書かれている紹介文。
 これを見て「読みたい!」と思う人もいるかもしれませんが、個人的にはあんまり食指が動きませんでした。「永遠のアメリカ青春小説の傑作」なら、まあいいかという気持があったのです。
 ところが、これはふつうの青春小説ではない。
 確かにジョン・グレイディ・コールがメキシコに行き、そこで恋をはじめとするさまざまな体験をする小説ではあるんだけど、「主人公がさまざまな困難を乗り越えて成長していく」ような小説じゃない。
 同じコーマック・マッカーシーの『ロード』や『血と暴力の国』と同じように極限状態での倫理のようなものを扱った小説です。
 

 傷というものには自分の過去が実在したことを思い出させてくれる不思議な力があります。あとに傷を残したできごとは決して忘れることはない。そうじゃありません?(223p)

 これは主人公が行き着いたメキシコの牧場の大叔母が語る言葉ですが、この小説を象徴している言葉だと思います。 
 主人公は恋をし、仲間を失い、生死の境をさまよいます。
 そして、これらの出来事は主人公を成長させるというよりは、主人公の「傷」として残り、主人公の行動や運命を規定していきます。運命論的でありながら、それだけではないコーマック・マッカシー的な倫理観がここにはよく表れています。
 荒馬を調教する描写なども素晴らしいですし、「アメリカ青春小説」のようではないですが、「アメリカ小説の傑作」の一つであることは確かでしょう。


すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)
Cormac McCarthy 黒原 敏行
4151200045