ポール・トーディ『イエメンで鮭釣りを』

 変なタイトルの小説ですが、海外小説読みなら「ああ、ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』のパロディなんだ」って思うかもしれません。ところが、これは「イエメンの鮭釣りプロジェクト」というホラ話を正面から描いた小説なのです。


 小説には、例えばポール・オースターの小説のようにリアリティのある話がどんどんホラ話になっていくタイプもありますが、この小説は全く逆で、ホラ話がだんだんリアリティを獲得していくような小説。アラビア半島の南端の国イエメンに鮭を放流し鮭釣りを楽しむというホラ話が、さまざまな仕掛けによってだんだんリアリティを獲得し、読んでいる方もいつの間にかそのプロジェクトの成功を願わずにはいられなくなります。
 日記、メール、新聞記事、未刊行の自伝の抜粋、架空のテレビ番組の台本、作者のトーディはこれらさまざまな断片を積み重ねることでホラ話にリアリティを与えていきます。特に、イラク戦争アルカイダなどの中東情勢の絡め方は上手いです。
 このあたりの感じは、一昨年早川書房の<プラチナ・ファンタジイ>シリーズのマシュー・ニール『英国紳士、エデンへ行く』に近いです。『英国紳士、エデンへ行く』もタスマニアに聖書に出てくるエデンの地を探すというホラ話を、さまざまな語りによって組み立ててみせた小説でした。


 ただ、小説の面白さからいうと『英国紳士、エデンへ行く』もこちらが上。
 さまざまな断片が無駄なく積み上げられていますし、何よりも登場人物が魅力的。特に主人公のあまりぱっとしない水産学者のジョーンズ博士と超現実主義的な奥さんとのやりとりは面白いです。プロジェクトの行く末とともに、奥さんとの中が無味乾燥になり中年の危機的状況にあったジョーンズ博士の行く末も楽しめる小説です。
 そんなに深い小説ではないですが、単純に楽しめますし、けっこう上手い小説だと思います。


イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)
Paul Torday 小竹 由美子
4560090025