桐野夏生『グロテスク』

 東電OL殺人事件をモデルにした小説ですが、事件をなぞるのではなく、事件からはるかに深くそしてまさに「グロテスク」な世界を描いてみた傑作。
 桐野夏生は『残虐記』を読んだことがあったのですが、『残虐記』は面白いもののやや図式的な気がしましたが、この『グロテスク』は筆がほとばしっている感じで、とのかく面白い!
 Amazonの単行本の方に掲載されている著者のインタビューで桐野夏生は「私ね、この世の差別のすべてを書いてやろうと思ったんですね。」と言っていますが、まさに差別とそれを生み出す悪意といったものをとことんまで書いた小説。お嬢様の集まる名門Q女子高に高等部から入った「私」と和恵、天性の美貌を持つ私の妹のユリコ、そして中等部から入って学年トップの成績をキープするミツル。差別と悪意のうずまく学校をサヴァイヴする4人は、やがて壊れていき、ユリコと和恵は夜の娼婦になっていきます。
 

 まあ、この和恵が東電OL事件の被害者をモデルにした人物なわけですが、それ以外の3人を和恵に負けないアクの強い人物に描いたところにこの小説の面白さがある。
 「エリートの道を歩きながらどこかが満たされなかった女性がその空虚さを埋めるために夜の街に立つ」という、ある意味でありがちな話が、他の3人、特に悪意の塊とも言える「私」と、生まれつきの娼婦とも言うべきユリコを配置することで、圧倒的なテンションを獲得している。
 もちろん、ミツルの末路とか筆が滑りすぎているような部分もあるし、犯人として逮捕された中国人のチャンの話などはノンフィクションを引き写したようでそれほど必要ではなかったとも思いますが、最後の和恵の日記「肉体地蔵」の章はまさに圧倒的。
 そして、桐野夏生は次の<真理>にたどりつきます。

「この世でどうして女だけがうまく生きられないのか、わからないわ」
「簡単よ。妄想を持てないから」
 ユリコは、甲高い声で笑った。
「妄想を持てば生きられるの」
「もう遅いわよ、和恵さん」(下巻366p)


 男は妄想を抱えて死に、女は妄想を持てずに破滅する。
 『残虐記』を読んだときも思いましたが、桐野夏生は絶対ラカン読んでますよね。斎藤環桐野夏生にこだわるのもすごくわかります。


グロテスク〈上〉 (文春文庫)
桐野 夏生
4167602091


グロテスク〈下〉 (文春文庫)
桐野 夏生
4167602105