ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋』

 今最も注目すべき海外小説のシリーズ松籟社<東欧の想像力>シリーズの第4弾はセルビアの作家ミロラド・パヴィッチの『帝都最後の恋』。
 パヴィッチというと、『ハザール事典』が有名で読んだことがある人もいると思います。
 ただ、個人的に『ハザール事典』はいまいちノレなかった。事典形式という面白さはあるけど、やっぱりストーリーが薄い分、小説を引っ張る力のようなものがなかったんですよね。
 今回の『帝都最後の恋』も、副題は「占いのための手引き書」で、巻末にタロットカードが付いていて、出たタロットカード潤にも読み進めることが出来るという構成。『ハザール事典』と同じくポストモダン的な構成なのです。
 

 ただ、今回の『帝都最後の恋』は面白かった。
 僕は最初から順番に読み進めていったんですが、最初から最後まできちんとしたストーリーになってる。
 時はナポレオン戦争、フランス、オーストリアオスマン・トルコといった帝国に翻弄されるセルビアを舞台に、フランス軍騎兵にして不死身の男ハラランピエ・オプイッチとその息子ソフロニエ・オプイッチを主人公に、父と息子の再会、そして2人をめぐる女性たちとの恋が小説の軸となります。
 特にハラランピエ・オプイッチは劇団のパトロンでもあり、そこの劇団では彼の三つの死の場面の芝居が上演されているという奇妙で、そして伝説的な男です。
 こうした男たちをめぐる女もまた奇妙で、クラリネットの代わりに男のあれでハイドンを曲を演奏したりしています。
 ドタバタ的な喜劇と神話的な関係が奇妙に入り組んだ小説と言えるでしょう。


 なかなか紹介の難しい小説ですが、最後に気に入ったセリフを一つ。

「私はだれかって?名前はイェセリナ・テネツキよ。でも自分がいったいだれなのか、どんどんあやふやになっていて、どんなことをしても、どんな風になっても、自分でびっくりするばかりなの。自分がよく分かるようになる代わりに、よく分からなくなっていく。自分自身の人生の中で、赤の他人になっていくの。そしてそれをすてきなことだと思っている…」(116ー117p)


帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)
Milorad Pavic 三谷 惠子
4879842699