ジョージ・A・アカロフ/ロバート・シラー『アニマルスピリット』

 『投機バブル 根拠なき熱狂』で経済危機を予言していたロバート・シラーと、経済における情報の非対称性の研究でノーベル経済学賞を受賞したアカロフの共著にして、これからの経済学のありかかを指し示す本。そして付け加えるなら読み物としてもかなり面白い本!
 

 今回の経済危機以前から、「経済学の想定する『合理的な人間』というのには無理があるのではないか?」ということは言われており、行動経済学などでは認知心理学の知見などを取り入れて人間の「非合理」な行動というものを研究してきました。
 ただ、その研究の多くはかなり特殊なシチュエーションを分析するものが多く、必ずしも単純な一般化ができないものが多かったのも事実です。
 そういた実験室での行動経済学に対して、かなり大雑把に人間の「非合理」な部分を取り出し、それを経済現象を説明する道具に仕様としているのがこの本。
 タイトルの「アニマルスピリット」とは、ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』で使った言葉で、資本家の「チャレンジ精神」や「冒険心」といったものを表す言葉ですが、アカロフとシラーは人間の合理的でない行動一般を表す言葉としてこれを用いています。


 アカロフとシラーがアニマルスピリットとして指摘するのが、経済に大きく影響する「安心」、「公平さ」、「腐敗と背信」、「貨幣錯覚」、「物語」の5つの要因。
 例えば、「安心」の有無は人びとの経済行動を大きく左右しますし、人びとは「公平さ」を求めてしばしば自己の利益を失います。また、朝三暮四ではないですが、貨幣の実質的価値が重要だと頭ではわかっていたとしても、多くの人々は貨幣の額面にこだわります(「貨幣錯覚」)。
 

 こうした概念を用いて著者たちが読み解くのはこの本の第6章から13章でとり上げられている次の8つの問い。

第6章 なぜ経済は不況に陥るのか?
第7章 なぜ中央銀行は経済に対して
     (持つ場合には)力を持つのか?
第8章 なぜ仕事の見つからない人がいるのか?
第9章 なぜインフレと失業はトレードオフ関係にあるのか?
第10章 なぜ未来のための貯蓄はこれほどいい加減なのか?
第11章 なぜ金融価格と企業投資はこんなに変動が激しいのか?
第12章 なぜ不動産価格には周期性があるのか?
第13章 なぜ黒人には特殊な貧困があるのか?

 いずれも面白く、説得力があり、なおかつそれほど深い経済学の知識がなくても理解出来ます。
 ある意味で、この本は普通の人の価値観というものをうまく経済学に接続した本で、その点で一般の読者にわかりやすいのだと思います。
 「ではどうすればいい?」という回答がすべて書かれているわけではありませんが、現在の混迷する経済状況を読み解くためにも、そして自らの資産運用などを考えて行くためにも非常にためになる本だと思います。
 日本では、すぐに「経済学の限界」とか「資本主義の終焉」とかいう人が多くて困ってしまいますが、そういう言説に対する解毒剤にもなる本でしょう。


アニマルスピリット
山形 浩生
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