ロイド・ジョーンズ『ミスター・ピップ』

 白水社の<エクス・リブリス>シリーズ第4弾。
 第1弾の『ジーザス・サン』はまあまあという感じでしたが、第2弾のポール・トーディ『イエメンで鮭釣りを』、第3弾のロベルト・ボラーニョ『通話』がよかったので期待いていましたが、今回の『ミスター・ピップ』も面白い!
 今までの4作品を並べると
 『通話』>『ミスター・ピップ』>『イエメン』>『ジーザス・サン』と言った感じでしょうか。


 ピップとはディケンズの『大いなる遺産』の主人公。パプア・ニューギニアの島での白人の教師と黒人の少女の『大いなる遺産』を通した交流を描いたこの小説は、一人の少女の成長を描いた王道的な小説であると同時に、ポスト・コロニアル的な小説でもあります。
 けれでも、この小説はなんといっても優れた戦争小説。
 特に派手な戦闘のシーンがあるわけではありませんが、戦争の影の中に生きる教師と生徒、そして教師の語る「物語の力」という、ある意味で王道的な戦時下の状況を描いた小説です。


 舞台となるブーゲンビル島は、ニューギニアの東に位置し、第2次大戦では山本五十六が戦死した場所として知られている島。
 この島に世界最大級のパングナ銅山があったことから、その権益をめぐってパプアニューギニア政府と島の分離独立を求めるブーゲンビル革命軍の間で内戦が起こります。このとき革命軍は日本軍が秘かに隠した武器を修理して戦ったそうです。
 内戦の続く過酷な状況の中、主人公の少女マティルダを支えたのが、村で唯一の白人で学校の先生となったミスター・ワッツと、彼が読み聞かせるディケンズの『大いなる遺産』
 このあたりの設定はほんとにありがちという感じで、「いい話だろうけど、何かの焼き直しでしょ?」という印象を抱く人もいると思います。
 ところが、この本はそんな使い古されたようなお話にも関わらず、非常に面白く読めますし、使い古された設定を甦らせる現代的な何かがある。
 

 一回の読書でそのすべてをあげることは出来ませんが、一つはミスター・ワッツとう人物の造形でしょう。
 彼は、この手の話にありがちな「正しい人」というのではありません。
 ラスト近くの次の部分が彼のことをよく表していると言えるでしょう。

 ミスター・ワッツという人物は未だに捕らえがたい。彼は必要に応じて私たちが望む人になったのだろう。そしておそらく、世の中にはそういう人がいるものなんだ。私たちがつくる空間にすっぽり入り込んで、隙間を埋めてくれる人たち。私たちには教師が必要で、だから彼はその教師になった。私たちには別の世界を作り出すマジシャンが必要で、だから彼はそれになった。私たちが救い主を必要としていたから、ミスター・ワッツはその役を演じた。(263ー264p)


 物語の終盤に訪れる悲劇と、その後に明らかになるミスター・ワッツの将来、そして戦争を生き残ったマティルダのその後、平易な文章ながら深い感動を与えてくれる小説です。


ミスター・ピップ (EXLIBRIS)
Lloyd Jones
4560090041