A・L・マカン『黄昏の遊歩者』

 帯には「オーストラリア賞ホラー部門大賞受賞」の文字が大きく書いてありますが、ホラーかと言われればやや疑問符がつきます。帯の背表紙の「ゴシック歴史メロドラマ」という装飾過多な言葉が一応、この小説の本質を表していると言えましょうか。
 舞台は19世紀末から第1次大戦を挟んで20世紀初頭のメルボルン。怪しげな店の建ち並ぶメルボルンの中心のイースタン・アーケードでドイツからの移民の娘であるアンナとの結婚の日を迎えていたアルバートは、ふとさまよい出た街で少女の娼婦に出会います。
 そこから始めるアルバートの妄想、それはやがてアルバートの人生を変え、その「呪い」は息子のポールと娘のオンディーン、隣の家のヘイミッシュを巻き込んでいきます。特にポールとオンディーンの妖しげな兄妹関係に関してはぞくぞくするものがあります。
 オーストラリアという「ゴシック」とは縁遠いような世界ですが、この本に描かれているのはまさにゴシック的な世界。前半の印象はジェフリー・フォードの『シャルビューク夫人の肖像』なんかに近いものがあります。
 とにかく、前半は読ませます。


 ただ、後半にポールがヨーロッパのウィーンに渡ってからはやや失速する部分もあります。
 第1次大戦前のウィーンという、いかにもゴシック的な話が似合いそうな場所で話が進むのですが、ウィーンは前半のメルボルンほどに魅力的には描かれていません。それはおそらくこの小説がある家族を描くと同時にメルボルンという街を描いた小説だからなのでしょう。
 また、後半になるとオンディーンが前半ほど冴えないのもやや残念。舞台を再びメルボルンに移してからの展開で、もっとオンディーンの活躍(?)が見たかったです。
 それでも、前半の雰囲気は素晴らしいですし、何よりもオーストラリアという国もイメージを書き換えてくれる小説です。

黄昏の遊歩者
下楠 昌哉
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