クレア・キーガン『青い野を歩く』

 アイルランドの女性作家の短編集。白水社の<エクス・リブリス>シリーズの6冊目です。
 アイルランドで短編といえば、なんといってもウィリアム・トレヴァーを思い出すわけですけど、書かれている題材や雰囲気には似たものもある。厳しい自然やキリスト教信仰、そして孤独なんかは両者に共通するテーマでしょう。
 ただ、かなり主人公たちを離れた視点から描くトレヴァーに比べると、このクレア・キーガンはもうちょっと近づいたところからそれを描いている感じです。


 まず、鮮烈なのが冒頭の「別れの贈りもの」。
 「きみ」という二人称で書かれたスタイルの小説で、ある少女がアメリカへの旅立ちを描いているのですが、実はその少女には秘密があって、かなり重い話でもあります。それをキーガンはある意味でハードボイルド的に書きます。
 ラストの一文は、トレヴァーの「ローズは泣いた」(『密会』所収)とは対照的。トレヴァーとは違った若さと強さを感じさせる小説です。


 この「別れの贈りもの」と同じような「強さ」を感じさせるのが「森番の娘」。
 農場でひたすら働きつづけるディーガンとその家族。仕事ばかりに打ち込む夫に対してその妻のマーサは大きな秘密を持っていて…という感じのこの話は、けっこうストーリーや設定としてはありがちだと思います。ただ、その秘密の暴露のされ方が強烈。女性作者ならでは(?)の「強さ」を感じます。

 
 そして、ちょっと奇妙な話なのが最後の「クイックン・ツリーの夜」。
 これもまた秘密を抱えたマーガレットという40代の女性と、一人孤独にヤギと暮らすスタックという男の話。ところが、この話は冒頭にアイルランドの妖精物語の一節が紹介されているように、他の作品と同じようなリアリズム一辺倒の作品ではありません。夢や無意識のイメージが物語を動かし、最後は聖人の物語のような色調を帯びます。
 少し変わった小説ではありますが、アイルランドの土地というものを強く感じさせる作品でもあります。
 最後に、この「クイックン・ツリーの夜」からこの短編集全体をイメージさせるような部分を。

 マーガレットは、たとえ眠る前に壁の向こう側のベッドで隣人はなにをしているのだろうかと思うことがあっても、長々と考えはしなかった。どんなことも、長々と考えないようにしていた。すでに起きてしまったことなのだから、過去を言葉に変えるのはむなしく思えた。過去は裏切りやすく、ゆっくりと動いていく。やがて時代に追いつくだろう。それに、結局のところ、なにができるというのか。自分を責めてもなにも変わらず、悲しめば過去がよみがえるだけだった。(181p)


青い野を歩く (エクス・リブリス)
Claire Keegan
4560090068


密会 (新潮クレスト・ブックス)
William Trevor
410590065X