ナシーム・ニコラス・タレブ『まぐれ』

 昨年、『ブラック・スワン』がヒットしたタレブの一つ前の本。
 『ブラック・スワン』が「金融危機を予言した!」とかいうふうに紹介されることも多いので、この本も相場についての本、あるいはもっと俗っぽく「投資の必勝法」みたいな印象があるかもしれません。少なくとも、僕も何らかの投資法が解説されている本かと思っていました。
 ところが、内容的には完全にエッセー。もちろん、タレブの本職であるトレーディングに関わるネタも多いですが、それ以上に古今東西の現象をネタにタレブ流の哲学、「世の中の多くのことは偶然で、その偶然とどのようにつき合っていくか」ということが書かれている本です。
 あとで紹介するように箴言的な知恵も多く、昔のモラリストの本を読むような楽しさがあります。
 また、毒舌の部分も面白いですね。


 では、個人的にこの本から拾ってみた部分をご紹介。

 時間を短くすると、ポートフォリオのリターンではなく、リスクを観察することになる。」「頻繁に資産をチェックするよりは月次報告書だけを見ていたほうがいいし、年次報告書しか見ないようにしていればもっといいだろう。」(92p)

 大事なのは何かがおきる確率ではない。実際にそれが起きたときにどれだけ儲かるかを考えないといけない。(132p)

 私は歴史に学ばない人が多すぎると書いた。でも、問題なのは、私たちが最近の短い歴史からあまりに多くのことを汲み取ろうとすることなのだ。(140p)

 今、1900年で投資対象は数百だ。アルゼンチン、ロシア帝国大英帝国、統一ドイツ帝国。その他たくさん国がある。合理的な人なら、アメリカみたいな発展途上国に全額投資したりはしないだろう。ロシアやアルゼンチンにも投資するはずだ。その後どうなったかはよく知られている。イギリスやアメリカの株式市場は大きく上昇したけれど、ロシア帝国の市場に投資した人の手元に残ったのは微妙な質の壁紙くらいだ。とても儲かった国は、当初の母集団の中であまり大きな部分を占めてはいなかった。ランダム性のおかげで、資産クラスのいくつかは大きく上昇すると期待できる。「例の「20年の投資期間で測ると株式市場は常に上昇している」という発言を行ったバカな「専門家」たちは、この問題を知っているのだろうか。(205p)

 「ダウは金利下落で1.03ポイント上昇」「ドルは日本の経常黒字増加で0.12円下落」 
 そんな調子でページ全体が埋まっている。意味が通じるように解釈をつけるとすれば、このジャーナリストはまったくノイズにすぎないものに理由をつけられると言っているのだ。ダウが1万1000ポイントだから1.03ポイントの動きは0.01%未満だ。この程度では理由なんていらない。正直な人なら説明をつけようとはしないだろう。でも、ジャーナリストは説明することでお給料を貰っているので、なりたての比較文学の教授みたいに喜んで何にでも説明をつける。(261p)

 物差しでテーブルを測っているとき、とても信頼できる物差しでなければ、同時にテーブルで物差しの長さを測っていることになる。(271p)

 ソロスのような本物の投機家とそうでない人たちを分けるのは、前者の行動には経路依存症が見られないことだ。彼らは過去の行動からまったく自由である。毎日がまったく新しい状態で始まるのだ。(289p)


まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
望月 衛
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