ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』

 『最底辺の10億人』(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080820/p1参照)での過激な意見が話題を呼んだコリアーの、その続編と言うべきものがこの本。邦題はやや扇情的すぎる気もしますが、これまた議論を呼ぶことが必至な本。貧困国の現実を容赦なく暴き、そしていわゆる「知識人の良識」のようなものを踏み越えた解決策を提示しています。
 ちょっと前にはてな界隈でアフリカの事が話題になっていましたが、アフリカの問題に興味を持った人は必読の本だと思います。

 

 改革の可能性がもっとも高いのは、過去の、そして未来の選挙から最も遠い時期だということが明らかになった。なぜだろうか。おそらく、選挙後の最初の年や次の年は、政府はまだ発足したてで改革に着手できず、一方で選挙が近づけば、政府は次の選挙での勝利に心を奪われ、改革に手を出さなくなるからだろう。(中略)
 この結果にはいささか失望した。選挙が刺激というよりも、ある意味、障害になっていることが示されたからだ。(59p)

 上記の引用部分をはじめ、コリアーは貧困国での選挙、民主主義に対して懐疑的です。
 一般的に貧しい国で内戦などが起こった場合、選挙というのがその国の復興の一つの目安となるのですが、アフリカの貧しい国では選挙となると、不正や買収、少数民族スケープゴートにする戦略がとられ、国内は分裂してしまいます。
 また、輝かしいスローガンであった「民族自決」に関してもコリアーは問題視しています。

多くの研究により、国民の民族的多様性がもたらす共通の結果として、公共サービスが劣ることが明らかになっている。(中略)さらに、民族びいきしやすいルート、例えば公務員給与などの支出も高くなる(80p)


 コリアーが問題視するのは貧困国の国家という枠組みそのものです。

 煎じ詰めると、最底辺の10億人の国々が直面しているのはどんな構造問題なのだろうか。彼らは「民族国家(ネーション)としては大き過ぎ、国家(ステート)としては小さ過ぎる」。大き過ぎるというのは、そうした国は集団の行動に必要な求心力に欠けているからだ。小さ過ぎるというのは、公共財を効率的に生産するために必要な規模に満たないからだ。(302ー303p)

 コリアーの観察では、アフリカの貧しい国々はその多民族せいゆえに国家的なまとまりが生まれませんし、小さ過ぎるゆえに公共財の提供がなされず、かえって広大な植民地の一部だった時代のほうが豊かであったという逆説が生まれています。
 また、外国の援助にたより、指導者が何よりもクーデターを恐れるような状況では、安全保障に関しても国家の責任で提供することはできません。
 ヨーロッパの国々では、他国との軍拡競争の中で税金が上がり、その税金を徴収するためにアカウンタビリティーが発達したという歴史がありますが、これらの貧しい国では一般的に財政は援助頼りで、国民の税負担は低く、そのためにアカウンタビリティーがまったく育たないという問題を抱えています。これらの国が好むのは、正面からの増税ではないインフレによる増税です(ジンバブエ!)。


 この難問をどう解決するのか?
 これだけの問題を一気に解決する妙案は当然ながらありません。
 第9章ではアフリカを7カ国程度に統合させるという大胆な案も登場していますが、コリアーが過激でありながら現実的な考えとして出してくるのがクーデター鎮圧を餌に公正な選挙を受け入れさせるという、一種の暴力の活用法と、援助国の同意なしに援助予算を執行できなくさせるといった、国家の主権をかなり制限するような方法です。
 特に、一番目の大国がクーデターの鎮圧を請け負う代わりにその国の指導者にまともな政治をさせるというアイディアは相当反発を受ける提案だと思いますが、コリアーのこの本を最後まで読めば、実現可能性はともかくとしてそれなりに魅力的なアイディアであるということが分かると思います。


 コリアーの提案の概要だけを見ると、コリアーがあまりにも高慢に思えるかもしれません。また、たんなる大風呂敷を広げているだけの人間にも思えるでしょう。
 けれども、この本のすべての分析はすべてデータに基づいていますし(データが十分にそろわなかった分析もありますが)、その思考は真剣で力強いです。
 最後にこの本の結び近くの言葉を。

 しかし、自己の利益と他者への思いやりは対立するものではなく、共通の目的意識に統合しうる。政治的右派は、確かに根拠のあるその安全保障上の不安を、イラク戦争時よりも効果的な戦略を可能にすることへ向けるべきだと認識する必要がある。政治的左派は、過去に対する罪悪感からの不作為は、政治的暴力を前にしたときには責任逃れでしかないという点を認識しなければならない。
 不安と罪悪感という強力な感情は、われわれの思考をくもらせてきた。他者への思いやりと自己の利益の結びつきにおいて、思いやりは事を着手するエネルギーをもたらし、自己の利益はわれわれがあきらめずに取り組む姿勢を確かなものにしている。(308ー309p)

 
民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実
甘糟 智子
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