デニス・ジョンソン『煙の樹』

 <エクス・リブリス>シリーズのスタートを飾った短編集『ジーザス・サン』で日本に名が知られたアメリカの作家デニス・ジョンソンの全米図書賞受賞の長編が再び<エクス・リブリス>に登場。今度は二段組で650ページというかなりのボリュームを持った作品です。
 

 舞台となるのはベトナム戦争。1963年から1970年まで、そして1983年の出来事が描かれます。
 小説のスタイルは群像劇といった感じで、情報戦をおこうなうアメリカ人やベトナム人、ドイツ人の殺し屋、ベトナムでボランティアに従事するカナダ人女性、戦場に行きそして帰国するアメリカ兵などの姿が描かれます。
 ストーリーの柱としては、第2次大戦の日本の捕虜収容所を生き延びたサンズ大佐が画策する「煙の樹」作戦というものが、大きな謎として存在するのですが、読み終わった人ならわかる通り、この小説で作者が描こうとしたのはこうしたミステリーではなくて、ベトナム戦争というある意味で退屈で平板な戦争の姿です。


 戦争を「退屈」などと形容するのはよくないようなきもしますが、この小説においてベトナム戦争は次のように語られています。

 かつて、アジアで戦争があった。第二次大戦はそれ以前の戦争の栄光やロマンをどうにか保持したか復活させた現代の戦争だったけど、今回のアジアの戦争はの悲劇は、その後に起こったことだった。陰惨な神話以外、何のロマンスも生み出せなかった。(637p)

 『地獄の黙示録』川を上っていくシーン。『フォレスト・ガンプ』のベトナムの各地をひたすら歩きまわるシーン。ベトナム戦争を描いた映画にはどこかしら退屈なシーンがあります。ティム・オブライエンの小説『カチアートを追跡して』も、脱走した兵士をえんえんと追いつづけるある意味で退屈な小説でした。
 この『煙の樹』においても、派手な戦闘シーンは描かれず、主要な登場人物が英雄的な死を遂げる場面もありません。ベトナム戦争においては、「ノルマンディー」や「硫黄島」のような語り継がれる戦場は存在しませんでしたが、この小説においてもそのようなクライマックスは存在しません。


 けれども、ベトナムには死の臭いが満ちています。
 だから、兵士たちは「「国の人間が逝くことがあるなんて信じられないよな。人が死ぬのはここしかねって思っちまう。世界のすべての死がさ」(436p)とつぶやくのです。
 そんな戦場に充満する死の臭いを描いたのがこの小説と言えるでしょう。たとえ、大規模な戦闘がなくても、戦闘機や戦車が登場しなくても、戦場の死の臭いというものが人々の人格をゆっくりと破壊していくのです。

 女は犯らない、動物も殺さないって誓うさ。でもその後、ここは戦闘地域で、みんなそこに住んでるんだって気づくんだ。この連中が明日生きているか死んでいるかなんて気にしてられない。自分が明日生きているか死んでいるかだって気にしてられない。子供を脇に蹴飛ばして、女を犯って、動物を撃つのさ。(533p)


煙の樹 (エクス・リブリス)
Denis Johnson
4560090076