阿部和重『ピストルズ』

 『シンセミア』に引き続く「神町サーガ」の第2弾。
 『シンセミア』の事件後の神町を描き、さらには『グランド・フィナーレ』や『ニッポニア・ニッポン』、『ミステリアス・セッティング』とまでつながっている作品。こう書くと、まさに阿部和重の総決算とも言える小説に聞こえるでしょうが、読後の印象はけっこう違います。
 神町を舞台にし、今までの小説の登場人物を関連づけ、さらに超能力やドラッグなどにかんするあやしげな文献からの引用などは阿部和重ならではのものですが、小説の構成、ロジックが今まで小説とはずいぶん違います。


 小説のストーリーはAmazonの紹介文によるとこんな感じ。

荒廃していく世界の片隅で、少女は奇跡を起こせるか!?
「神の町」に住まう哀しき一族をめぐる大サーガ、開幕!

若木(おさなぎ)山の裏手には、魔術師の一家が暮らしている――」
田舎町で書店を営む石川は、あるキッカケから、町の外れに住む“魔術師一家”と噂される人々に接触する。その名は菖蒲(あやめ)家。謎に包まれた一族の秘密を探るべく、石川は四姉妹の次女・あおばにインタビューを敢行するのだが……。そこで語られ始めたのは、一族の間で千年以上も受け継がれた“秘術”にまつわる目眩めく壮大な歴史だった。史実の闇に葬り去られた「神の町」の盛衰とともに明かされていく「アヤメメソッド」の正体と、一族の忌まわしき宿命とは。そして秘術の後継者である末娘・みずきが引き起こしてしまった取り返しのつかない過ちとは一体――?やがて物語は二〇〇五年夏に起きた“血の日曜日事件” の隠された真実を暴き出してゆく……!
箱庭的ユートピアを思わせる幻想的な冒頭から、不穏な緊張感で急展開を迎える終盤、思いもかけないラストまで、読み始めたら抜け出せない分類不能のグランド・ノベル!著者頂点をきわめる3年ぶり傑作巨篇。

 これを読むと、『シンセミア』+『ミステリアス・セッティング』のような内容を想像しますが、そうは単純に行かない妙な小説なのです。
 この小説は妙に浮世離れした菖蒲家の若木山の散策風景から始まり、その菖蒲家の謎を石川が探ろうとすることで物語が動き出します。
 そして、石川は小説家でもある菖蒲家の次女のあおばから菖蒲家の秘密を聞き出すことに成功するのですが、このあおばの語りが最初に想像したよりも全然長い。そして何かしらちぐはぐなのです。
 引用した紹介文を見ると、菖蒲家の歴史の話は超能力者の伝奇物語だと思ってしまうかもしれませんが、中心となるのは古代の因縁などよりも60年代〜80年代のヒッピーコミューン的な世界。
 一家の父、水樹によってつくられた秘密の花園的なコミューンの成長と衰退、そして家族の衰退。その模様が『シンセミア』で空白だった時代(『シンセミア』では40・50年代と現在がとり上げられていた)を埋めるような形で展開されます。
 このコミューンと家族の因縁的な話があおばの口を通して語られるわけですが、その雰囲気が阿部和重が『文学界』での斎藤環との対談でも話していたように「ヴィクトリア朝」的ともいえる、もったいぶっていて少し古めかしい文体なのです。
 さらに斎藤環との対談で阿部和重の「女装問題」が語られていましたが、この『ピストルズ』のあおばの語りはどこかしら不自然で、まさに「女装」した男の語りみたいです。 
 このようにこの小説は、まず文体に奇妙なところがあります。
 さらに父の水樹という人物がまったくもって近代的な小説の登場人物とは言えないような、空虚と言うか都合のいい人物で、彼の心の葛藤だか内面だかは、すべて祖父の仕組んだマインド・コントロールということで片付けられてしまいます。
 

 正直、このあおばの語りの部分は妙な物語をえんえん聞かされている感じで、そんなに面白くありませんでした。
 ところが、後半は話が一気に加速します。
 今までの、阿部和重の小説は、日常の狂気が作者によって徐々に収集され、それが最後は狂気となってドタバタ劇となって発散するいう構造が多かったと思うのですが、この小説では最後で物語が一気に収束します。
 あまりに話を巨大にしすぎて、最後は「Zガンダム」の最終回みたいにどんどん人が死んだ『シンセミア』とは違って、この『ピストルズ』ではすべての伏線や小説の周りに広がっていた世界が一つの破局へと収斂します。
 このラストのストーリーの加速のさせ方はさすが阿部和重
 前半のやや退屈な語りも、ここでのスピード感を出すためのものだったのではないかと思えてしまいます。
 いまいちかな?と思った時もありましたが、読み終えてみれば、やはり阿部和重を読んできたものとして外せない作品ですし、阿部和重の小説家としての技巧を堪能できる作品でもあります。


ピストルズ
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