林もも子『思春期とアタッチメント』

 ボウルビィが提唱したアタッチメント理論、これを幼児期だけではなく思春期にも適用し、カウンセリングの場などに生かして行こうとする本です。
 「アタッチメント」とは、人が危機的状況にあるとき、信頼できる特定の誰かに接触することで安心感を取り戻そうとすることで、ボウルビィは主に母子関係を中心として、このアタッチメントの重要性を唱えています。日本語では「愛着」と訳されることが多く、この言葉からも子どもの行動を想像しがちですが、著者は「愛着」ではなく、アタッチメントという言葉をそのまま使うことで、母親にかぎらず、友人、恋人、そして治療者などさまざまな関係の中で構築されていく深い人間関係を分析しようとしています。


 ただ、アタッチメントの適用範囲を広げたことでアタッチメントの内容が希薄化されてしまった感は否めません。
 治療者との関係も、たとえば精神分析における「転移」などよりも、「アタッチメント」という言葉を使ったほうが耳障りはいいですが、「転移」の持つ病的なニュアンスが抜けたことで、個別的な関係性に切り込む力のようなものはなくなってしまっているような…。
 また、第2章ではASI(アタッチメント・スタイル・インタビュー)などによる、個々人のアタッチメントスタイルの類型化が行われているのですが、こうした類型化も個人的にはあまり役に立たないような気もします。
 あと、この本では「ミーム」の概念を拡げすぎていて、ちょっとよくわからないものになっていると思います。


 けれども、個別の部分ではなかなか参考になる部分もあります。
 著者は臨床心理士として長年実践を行ってきた人で、この本もたんなるアタッチメント理論の紹介にとどまらず、それをもとにした臨床の知恵がつまった本です。
 いくつか引用すると。 

 面倒みのよい、優しい、一見「良い」世界の背後には、やはり恐れや無力感、そして怒りが混沌としている内的作業モデルがあると考えられる。境界性パーソナリティ障害の人で援助職についている人の中にこのようなタイプの人がいる。そういう人は、その優しく熱心な仕事ぶりの一方で、自分の「世話」を拒否されたように感じると突然攻撃性を露わにして周囲を驚かすことがある。(27p)

 クライエント中心療法をまじめに学んだばかりの初心の治療者の中に、クライエントの世界だけを尊重し、自分の価値観をクライエントに押し付けることをとんでもない罪悪であるかのように恐れ、緊張し、萎縮し、不自由になっている人を時々見かける。自己愛的になることを神経症的に恐れているのである。(165p)

 あと、次の部分なんかも意外な盲点。思春期の子どもってほんとに些細な第一印象でその人の評価を決めていたりするんですよね。これは教員をしていてもひしひしと感じます。

 治療者の個人要因として、治療者の年齢や性別や服装や言葉遣いや態度が、青少年にとって、治療者が思っている以上に「苦手」「上から目線」などと違和感を持たれ、青少年のかかわりに対する気をそぐことがあることも考慮する必要がある。(128p)


 このように、理論的にはやや物足りないところもあるのですが、「臨床の知恵」という点では読みどころのある本だと思います。


思春期とアタッチメント
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