ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』

 去年、同じ白水社の<エクス・リブリス>から出た短編集『通話』が素晴らしかったロベルト・ボラーニョの長編。しかも上下巻で計850ページ超の大長編です。
 で、当然ながら期待して読みはじめたのですが、上巻のうちはいつまでたっても離陸しない飛行機のようで、正直「外れかな?」とも思ったのですが、下巻に入るともうエピソードの一つ一つが珠玉の短編という感じで素晴らしい!
 全体の完成度とかはおいといても、読み終わったの後の充実感は相当なものがありました。


 この小説は、1975年、メキシコ人のガルシア=マテーロという10代の青二才的な若者が、「はらわたリアリズム」というナンセンスな詩人のグループに入り、その中心人物のアルトゥーロ・ベラーノとウリセス・リマという二人の中心人物と出会うところから始まります。
 小説が始まってしばらくはこのガルシア=マテーロの日記形式で、彼が街をぶらぶらしたり女を追っかけたりという、大したことのない話です。
 そんな中でトラブルに巻き込まれたマテーロ、ベラーノ、リマの3人は元娼婦のルペとともにメキシコシティ(DF)を抜け出して北部の砂漠へと向かいます。追っ手から逃げるとともに、1920年代に実在したという幻の女流詩人セサレア・ティナヘーロの足跡を追う旅でもあります。


 ところが、ここからこの小説は大きく形式を変え、さまざまな人間のインタビューを構成したものになります。
 ベラーノやリマの友人、詩人、批評家、ジャーナリスト、女性ボディビルダーオクタビオ・パスの秘書などの、実在、非実在のさまざまな人物、場所もメキシコからアメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、アフリカへとさまざま。時期も1976年から1996年までの20年間に及びます。


 このインタビュー、前半は砂漠に消えたベラーノとリマの消息を追うという感じなのですが、いわゆる「謎解き」のようでありつつ、読み進めていくうちにどうも違和感を覚えてきます。
 リマはメキシコシティに戻っているし、特にセサレア・ティナヘーロの消息を掴めたかどうかも、よくわからないのです。
 そんなモヤモヤした気分を抱えて読み進めていくと、次第に小説は彼ら二人を狂言回しにした連作短編のような趣を帯びてきます。
 サッカーくじを当てたチリ人の亡命者、拒食症の女性、ボディビルダーの女性、『通話』でにもあったまるでチェーホフのような人間のスケッチが描かれていきます。
 そんな中、ベラーノとリマの二人は次第に幽霊のような存在になっていきます。特に砂浜での批評家との決闘のシーンや、オクタビオ・パスと公園で出会うシーンは、まさに幽霊としての人間が描かれている名シーンです。


 そこで、読者は疑問に思います。
 「いったいどうして、この二人は幽霊のようになってしまったのだろう」、と。
 そして、小説は再びガルシア=マテーロの日記へと戻り、4人が旅立ったソラノ砂漠で何が起きたのかということが語られるのです。
 その秘密は衝撃的ではありませんが、かなしいです。そして、その後の二人の運命を納得させるものです。読者はこの小説を最後まで読むことで、ある二人の詩人の運命というものを知るのです。


 正直、無駄にも思える前半がこの小説に必要不可欠なものなのかどうかはわかりません。もし、上巻だけなら大したことのない小説です。
 けれども、すべてを読み終わったあとに大きな感慨を抱く小説であることは間違いないです。


野生の探偵たち〈上〉 (エクス・リブリス)
Roberto Bola〓@7ACA@no
4560090084


野生の探偵たち〈下〉 (エクス・リブリス)
Roberto Bola〓@7ACA@no
4560090092