ナンシー・クレス『アードマン連結体』

 去年出た短編集『ベガーズ・イン・スペイン』が非常に面白かったナンシー・クレスの日本オリジナル短編集。
 冒頭の「ナノテクが町にやってきた」、つづく「オレンジの値段」がともにアイディア、展開共にいまいちだったのですが、表題作の中編「アードマン連結体」、中編の「齢の泉」は読ませます。前作もやや長めの中編が面白かったですし、ナンシー・クレスは短編というよりはもう少し長い中編で本領を発揮する作家のようです。


 表題作の「アードマン連結体」は老人ホームの老人たちの間で起こった人間の集合的無意識への進化を扱った作品で、アイディア的にはありがちかもしれませんが、その展開の仕方と人物造型が秀逸。
 マンハッタン計画にも参加した90歳の物理学者アードマンもいいですが、ヘルパーであり、アードマンの理解者であるキャリーの描き方も独特。
 彼女は警官の元夫にDVを受けて逃げている身で、アードマンにも理解を示す心優しい女性なのですが、同時に「ダメ女」でもあるんですよね。独身のイケメン医師にセンスのないプレゼントを贈ってしまうシーンのプレゼントのセンスのなさは特筆もの!
 このキャリーだけではなく、抗生物質に耐性のできた細菌の恐怖におびえる世界を描いた「進化」の主人公のベティも「ダメ女」。高校時代は学校で1、2を争う美人でありながら、医者の卵に引っかかって遊ばれて捨てられて発砲事件。非常にダメな経歴の持ち主です。
 ただ、その「ダメさ」の描き方がうまい。人間の弱さのようなものをうまく掬いとっています。

 
 「マリゴールド・アウトレット」なんかは、児童虐待を扱ったほほSF的な要素のない作品ですが、ここでも虐待をつうじて人間の弱さが描かれています。
 『ベガーズ・イン・スペイン』の「ダンシング・オン・エア」や「ベガーズ・イン・スペイン」に匹敵するような傑作はないですし、「初飛行」とかたいしたことない作品もありますが、人間の弱さをSF的状況の中で描くナンシー・クレスのよさが味わえる作品集です。


アードマン連結体 (ハヤカワ文庫SF)
ナンシー・クレス Stephan Martiniere
4150117551


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