斉藤淳『自民党長期政権の政治経済学』

 いろいろ忙しくて読むのに時間がかかってしまったけど,これは面白い本。
 読み終えて思ったのは「自民党政権貧困ビジネスは同じだったのか!」ということです。
 著者はエール大学の助教授にして、2002年には山形4区から衆院の補選に立候補して当選し、1年ほど衆議院議員も務めたという異色の人物。かなり難解なゲームの理論などを駆使しており、読みやすい本ではないかもしれませんが、所々には自らの議員活動の経験から書かれたコラムも載っており、難しい部分を飛ばしても楽しめる内容になっていると思います。
 

 1955年から1993・94年の細川・羽田政権の例外をのぞいて50年以上与党で在り続けた自民党自民党は外交では現実的な政策をとりつつ、経済成長と農村への所得の再分配を両立させて長期政権を維持したというのが一般的な理解なわけですが、長期政権の理由はそれだけだったのか?そして自民党の長期政権が続いたにもかかわらず日本での政治への満足度が低いのはなぜか?これが著者の問題設定になります。
 そしてこれをゲームの理論や統計を明らかにしようとしたのがこの本なのですが、読んでいて、同じようにゲーム理論などの道具を使って通説を覆そうとした本としてラムザイヤー、ローゼンブルース『日本政治と合理的選択』(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20060724)を思い出しましたが、著者の指導教官がローゼンブルースなのですね。


 この本で注目すべき内容はたくさんあるのですが、個人的にあげたいのは次の3つ。


1 自民党は自らの実績を有権者に説明するのではなく、有権者にきちんと自民投票したかを説明させる「逆説明責任体制」をつくった。


2 交通インフラの整備は逆に自民党の支持基盤を破壊する。


3 そのため、自民党が強い地域では意外なことに交通インフラの整備が遅れており、その一方で、有効性の低い公共投資が行われる。


4 結果的に、自民党金城湯池である地域ほど、実は交通インフラなどが整備されてなく経済成長からも取り残されている。


 1の「逆説明責任体制」とはやや分かりにくい言葉ですが、次のようなものです。
 普通、政党、特に与党だった政党は任期中の実績をアピールして選挙に臨みます。ところが、自民党の長期政権の中で、自民党はそれほど実績をアピールせずに逆に選挙での得票状況をチェックして,公共事業等の配分を行うことが行われていました。
 つまり、有権者側が自民党に対して自民党を支持していることを「証明」しなければならなかったのです。
 このように考えると、小さな村や町などで自民党の支持が厚かったことも、たんに住民が保守的だったからというのではなく、小規模な村や町ほど地方議員の数も多く、また町内会などの結束も強いので監視が容易だったからと考えられるのです。

 
 この1の議論については著者の議員経験も交えて語られているので、「なるほど」と思う人も多いと思いますが、2、3に関しては違和感を持つ人も多いでしょう。
 田中角栄上越新幹線大野伴睦岐阜羽島自民党の有力者と交通インフラは切っても切り離せない関係だと思われるからです。
 確かに、一時期まで自民党の有力者は「我田引鉄」といった言葉通りに自分の選挙区に交通インフラを誘致しようとしましたが、その結果、自らの支持基盤は弱体化するというジレンマ陥りました。例えば、田中角栄の「王国」だった新潟県でも、2005年の総選挙で自民党が勝利した小選挙区は6つ中2つ。上越新幹線関越自動車道の存在は、むしろ自民党の支持基盤を弱くさせていたのです。
 この現象に関しては第6章で統計処理も行われており、新幹線や高速道路の開通が自民党の得票率を押し下げることが示されています(135ー137p)。


 これに対する理論的な説明は次のようなものになります。
 補助金のような形のものについては自民党は「支持しなければ減らすぞ」という脅しを使うことができます。ゲーム理論的にいうと「しっぺ返し戦略」を使うことができるわけです。
 ところが、交通インフラは一度完成してしまうと撤去することができません。つまり自民党側にとっては、完成前は「つくらないぞ」という脅しが可能でも、一度完成してしまえば、もはや脅しの材料がなくなってしまうわけです。このあたりもこの本ではゲーム理論を使って、きれいに説明しています。また、交通インフラの整備は都市化をもたらし、自民党の支持基盤を流動化させるという側面もあります。


 そして政治家にとっても交通インフラさせ整備されれば自民党に拘る必要は薄れます。
 実際、1993年の自民党竹下派の分裂において、交通インフラが充実していた地盤の議員ほど離党していることが第7章で示されていますし、同じ第7章では自民党の有力者ながら離党した羽田孜と、「加藤の乱」を起こしながら結局離党しなかった加藤紘一の比較が、この交通インフラの有無を使って行われています。


 ということで3。
 竹下登青木幹雄という自民党の有力者を出した島根県は全国でも有数の「自民王国」ですが、交通インフラは未発達なままです。この地域でもっとも重要だと考えられる山陰自動車に関してもいまだに全面開通には至っていません。
 一方で島根県では、現在は中断された中海の干拓事業に30年以上にわたって500億円以上の工費が投じられました(133ー135p)。そして、島根県の人口一人当たりの行政投資額は1980年代なかばからずっと全国1位です。
 つまり、島根ではあえて交通インフラを整備せず、それ以外の分野に集中的に公共投資が行われているのです。
 もちろん、単純に新幹線や高速道路を熱望し、その実現に尽力する自民党の代議士も多いでしょうが、島根ではより狡猾な戦略がとられていたと考えられます。


 そこで4。
 自民党の代議士にとって有利な公共事業とは、実は経済成長を実現させるものではなく、いつまでも自らがコントロール可能なものです。ということは素早く完成させる必要はなく、場合によってはいつまでもダラダラと工事が続いたほうが自民党の代議士にとっては有利になります。
 本書に

 皮肉なことに与党の政治家は、地元後援会や業界団体の要求に全く応じない場合には支援を受けられないが、逆に早期に要求を実現してしまうと、その後の支援体制が弱体化する可能性が高かった。(16p)

 とありますが、八ッ場ダムなどはまさにその成れの果てと言えるのかもしれません。
   

 政治家は、選挙区に生産的なインフラを築くよりはむしろ、河川をセメントで護岸し、田圃にブルドーザーを入れることで地盤を保持した。そうでない政治家は、市場(史上)から姿を消すか、もしくは自民党から離党していった。自民党が維持した公共政策が、日本の長期的な経済成長と整合的ならともかく、戦後日本に「開発国家」が存在したことはなかった。(218p)

 著者は最後の第9章の結語でこのように述べています。
 もちろん、自民党の個々の代議士があえて自らの地盤を低成長のままにとどめようとしたわけではないでしょうが、結果として、自民党の支持基盤が厚い地域ほど、経済成長から取り残されているような現象が起こっています。
 冒頭で「貧困ビジネス」といったのはこのことで、貧しい地域は公共投資を得るために自民党に頼るしかないが、その投資は有効なものでないため経済成長は起こらない、よってますます自民党に頼るという、ある種のふのサイクルが働いていたことがこの本からは読み取れるからです。


 ゲームの理論による分析は専門的で僕も含めて素人にはわからないところもありますし、「自民党が自らに不利になら市町村合併をなぜ推し進めたのか?」という疑問に対する答えなどは十分に答えきっていない気もするのですが、今までの自民党政治の功罪、そしてこれからの公共投資のあり方や、政治のあり方を考える上で非常に有益な本だと思います。


自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾
斉藤 淳
4326301902