スティーヴン・レヴィット , スティーヴン・ダブナー『超ヤバい経済学』

 レヴィットの天才的な鮮やかな切り口と軽妙な語り口、過激な意見が楽しめた『ヤバい経済学』(スティーヴン・レヴィット , スティーヴン・ダブナー『ヤバい経済学 - 西東京日記 IN はてな)の続編が登場。
 続編ではレヴィットではなく他人の学説や実験が紹介されることが多く、レヴィットの頭の切れ味を味わうにという点では前作よりも劣るのですが、軽妙な語り口と過激な意見は相変わらず。特に意見の過激さにおいては前作を上回るものがあるかもしれません。


 まあ、今回でもっとも議論を呼びそうなのは、地球温暖化について、「二酸化炭素の削減ではなく大規模な火山の噴火と同じように成層圏に亜硫酸ガスを送るとか海の上に人口の雲を作ったほうが全然安上がりじゃね?」と主張する第5章なのでしょうが、それ以外にもやや地味ながらも実は過激な意見がてんこ盛り。
 医者がストライキをして仕事を止めると死亡率が大幅に下がる(103p)とか、暴力的とか低俗とかそういう事に関わらず「15歳までの若者たちがテレビに接している期間が1年増えると、彼らがその後に起こす窃盗犯罪の逮捕件数が4%、暴力偏在の逮捕件数が2%増える」(131p)との分析とか、フェミニスト革命によって女性に様々な仕事が解放され、その結果、以前は大卒女性の主な就職先であった学校の先生の質は下がり「1960年、女の先生の約40%は知能指数やその他のテストで上位4分の1に入っており、下位4分の1に入っている女の先生はたった8%だった。20年後、上位4分の1に入っている女の先生の割合は当時の半分にも満たず、下位4分の1に入る女の先生は当時の2倍を越えるところまで増え」、「時代とともに先生全体の能力は下がったし、一緒に教室での指導の質も悪くなった」(55p)との指摘などは、人々が目を向けたがらないところに目を向けたこのコンビならではの大胆な物の見方です。


 また、レヴィットの天才っぷりはやや形を潜めたと書きましたが、その代わりにいろいろな天才的人物が紹介されている。特に第2章で紹介されている自爆テロリストを銀行口座の動きから捕まえようとするイアン・ホースレイの話は興味深いです。


 そんな様々な面白さを含んだこの本ですが、一番大きな主張は「人々の意識が変われば社会が変わる!」っていう言説が無意味だっていうこと。
 衛生学の知識を持ち、人々の健康に最大限の注意を払っているはずの医者でも「手を洗っていない」。
 結局、ロサンゼルスのある病院では医者の手から撮った最近を培養し、それを医者のパソコンのスクリーンセーバーにすることで100%に近い手洗いルールの施行率を達成したそうです。
 これについてこの本では次のように書いています。

 ここでもやっぱり、公害と同じように、答えは外部性にある。
 お医者さんが手を洗わばないとき、危ないのは基本的にはお医者さん自身の命ではない。危ないのはそのお医者さんが治療する患者さんの命だ。傷口がパックり開いていたり、免疫系がうまく働いていなかったりする患者さんはとくにそうである。患者さんが受け取る危険なバクテリアはお医者さんの行動がもたらす負の外部性だ。車を運転する人やエアコンをつける人、石炭を燃やして煙突から煙を出す人ならみんな作り出している負の外部性、つまり公害と同じである。公害を出す人たちには公害を出さないインセンティヴが足りず、お医者さんには手を洗うインセンティヴが足りない。
 そういうわけで、行動変革の科学は難しいのだ。
 だから、振る舞いを改めるのは難しいなんて言いつつ、みんなして不潔な手をこまねいているより、改めなくてもうまくいく仕組みとか設計とかインセンティヴとか、そういうものを作ったらどうだろう?(262ー263p)


超ヤバい経済学
スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー 望月 衛
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