オルガ・トカルチュク『昼の家、夜の家』

 <エクス・リブリス>シリーズの最新刊はポーランドの女性作家オルガ・トカルチュクの作品。帯には「傑作長編」と書いてありますが、連作短編、もっと正確に言うと掌編と短編の組み合わせでできた小説です。
 ノヴァ・ルダというポーランドチェコの国境の街を舞台にした作品で、主人公の身辺雑記的な短い断片と、町の人々や歴史をめぐるエピソードなどを描いた短編によって構成されています。
 

 短編的な部分の中心になっているが聖女クマーニスとその聖人伝を書いたパスハリスという修道士のお話。
 クマーニスとはグリム童話の「憂悶聖女」の主人公のことらしく(憂悶聖女 - Wikipedia参照)、神への愛の為に処女を守ろうとし、最後にはヒゲを生やしてイエスと同じような顔になったという伝説の女性です。
 これ以外にも同じアグニという名前を持つ不思議な少年・少女に心を奪われる夫婦の話とか、人肉食をしてしまった男の話とか、ファンタジー色が強く、奇蹟的とも言うべきものを描いています。


 一方、主人公の身辺雑記的に描かれる掌編はエッセイのような感じで、ちょっとすた考察や、主人公を取り巻くちょっと不思議な人間たち、料理のレシピなどさまざまな断片が極めて女性的な筆致で描かれています。
 短編的な部分が描いているのが奇蹟やファンタジーなら、掌編的な部分が描くのは生活や人生。ポーランドの田舎町の生活が描かれます。
 ただ、その両者がリンクしているのがこの小説の面白さ。生活や人生が、どこかで大きな歴史や奇蹟とつながっています。


 あと、個人的に気に入ったのは主人公の友人のマルタ。知識人的な主人公に対して、田舎者であると同時に、ある意味で仏教的とも言えるような知恵を示してくれます。 
 以下、マルタの知恵。

 旅に出ると、自分のことにかかりっきりになる。自分の世話をするのは自分だし、自分にも、世界のなかの自分の立ち位置にも、自分が注意しなくてはならない。自分のことに集中し、自分について考え、自分で自己の面倒をみる。旅行中にいつも顔を合わすのは、結局自分自身。まるで自分こそが旅の目的地みたい。でも、家のなかでは、自分は単に存在するだけ。なにかと闘う必要も、なにかを得る必要もない。列車の接続や時刻表にあくせくしなくてもいいし、有頂天になったり、落胆したり擦る必要もない。自分のことにかまわなくていいとなると、いちばん多くのものが見えるようになる。(58p)

 もしも自分の場所を見つけられたら、あんたはぜったい死なないよ。(226p)

 死ぬのがそんなに悪いことなら、人はとっくに死ぬのをやめてるはずよ。(290p)


 全体的にちょっと思弁的すぎる部分があるのですが、なかなか面白い独自の世界を体験させてくれる小説と言えるでしょう。


昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)
オルガ トカルチュク 小椋 彩
4560090122