ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』

 <東欧の想像力>のシリーズの『あまりにも騒がしい孤独』が面白かったチェコの作家フラバルの代表作が河出の世界文学全集で登場!追加された第3期での刊行、池澤夏樹のこの世界文学全集もそこそこ売れているようで何よりです。
 

 『あまりにも騒がしい孤独』はユーモアあふれる滑稽な笑い話の中で、徐々に東欧を襲った悲劇がせり出してくるような小説でしたが、この『わたしは英国王に給仕した』もそう。
 大した特徴もない俗物的な一人の男が給仕となり、さまざまな幸運に恵まれて出世して、エチオピア皇帝に給仕し(タイトルの英国王に給仕したのは主人公の師匠)、大金持ちになるというストーリー。
 前半はどうしようもないようなホラ話の連続で、特にエチオピア皇帝に給仕したときのエピソードは爆笑!
 メインディッシュは二十羽の七面鳥の詰め物をさらに二頭のレイヨウの体の中に詰めて、さらに空いたスペースにはゆで卵を数百個押しこみ、さらにその二頭のレイヨウをラクダに詰め込むという大ボラ料理(今日の読売新聞の朝刊の書評で都甲幸治がこの『わたしは英国王に給仕した』を取り上げていて、「本書に出てくる食べ物の美味そうなことと言ったらない」と書いているけど、こんな大ボラ料理がうまそうか!?)
 他にもチェコ社会主義化したあとの百万長者の収容所の話とかもとっても馬鹿らしい。チェコ社会主義の建前を笑い飛ばしています。


 ただ、すべてを笑い飛ばしているかというとそうじゃない。
 主人公は第二時大戦前のドイツに併合されたチェコでドイツ人女性を助けたことから、その女性に気に入られ結婚することになります。ドイツ系だという名前をでっち上げ、さらには医者たちの前できちんとドイツ人女性を妊娠させることができるかどうかのチェックを受けます。このあたりのエピソードは滑稽にしてグロテスク。
 そして、戦争の終盤で主人公がその女性を失う場面にもはや笑いはなく、グロテスクでむき出しの悲劇が残ります。


 そして、最後に主人公は「どこに埋葬されたいか?」という問に次のように答えます。

 「あの小さい丘の上にある墓地に埋葬してほしいと思っています。分水嶺の真上にわたしの棺を置き、時間が経って棺が崩れ落ちたあと、分解されたわたしの残余物が雨で流れだし、世界の二つの方向に流れていくようにしてほしんです。その水とともにわたしの身体の一部が一方ではチェコの小川に流れていき、もう一方では国境の有刺鉄線を越えてドナウに続く小川に流れついてほしいんですよ。つまり死んだ後も世界市民であり続けたいんです。一方がヴルタヴァ川そしてラベ川を経由して北海にたどりつき、他方ではドナウ経由で黒海へ流れていく。その二つの海から大西洋へ注いでいく…(225p)

 この本の中で「まるでわたしの生涯のすべてが、誰か別人によって書かれた本のように思えた」という部分がありますが、これはドイツによる併合や社会主義下でのソ連による支配を経験してきたチェコという国を表しているのかもしれません。
 そんな中で笑いの中に「国境」や「主義」を超えて世界と繋がる可能性を見出すのがフラバルであり、この作品なのかもしれません。


わたしは英国王に給仕した (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)
ボフミル・フラバル 阿部 賢一
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