砂原庸介『地方政府の民主主義』

 日本の地方自治制度というのは、議院内閣制と大統領制がミックスされたような少し変わった仕組みになっています。
 議員と首長が別々に選ばれ、首長が議会に対して拒否権を持っている部分はアメリカの大統領制のようですし、議会が首長に対して不審に決議を行うことができ、首長はそれに対抗して議会を解散できるといった部分は国と同じ議院内閣制のようでもあります。
 そこで、実際にその中身を検討してみると、国の政治は国民→国会議員→首相→大臣→省庁という一元的な「委任の連鎖」によって成り立っていることがわかりますが、地方自治は地方議会と首長という住民に別々に委任されたアクターがいることがわかります。つまり、異なった選挙で選ばれ、異なった形で民意を受けたアクターがそれぞれの立場から政治的な主張、行動を行うことになります。
 前置きが長くなりましたが、この本はそんな二元代表制ともいうべき地方政治がいかなる動きを示すかを、主に90年代以降の都道府県レベルにおいてデータを用いて計量的に分析してみせた本です。


 こんなふうに書きだすと非常に堅くて面白みのない本に思えますが(実際、博士論文が元になっているので記述は硬いですが)、「90年代から登場した「改革派知事」とは一体なんだったのか?」という問題を読み解く本といえるかもしれません。
 三重県北川正恭岩手県増田寛也宮城県浅野史郎高知県橋本大二郎、さらに広く取れば長野県の田中康夫や東京都の石原慎太郎といった知事まで、広く「改革派知事」と呼ばれた知事たちは、既成政党や地方議会から距離を取り独自の政策を行いました(あるいは、行っているように見えました)。
 なぜ、彼らは90年代後半から相次いで登場し、必ずしも議会の万全の支持を受けたわけでないに地方政治の主役となり得たのか?どうして都市部や一部の地域にとどまらず全国へ広がりを見せたのか?この本を読むとそうした疑問が氷解します。


 この本でまず仮説として提示されるのは、首長はその地域の一般的な利益を、地域における個別的利益を代表するというものです。
 都道府県であれば都道府県全体からただ一人選ばれる首長というのは、特定の地域や特定の利害関係者の支持だけでは当選できず、住民の一般的な利益を代表しなければ選挙に勝つことはできません。
 一方で、地方議会の議員は分割された中選挙区あるいは小選挙区の中から選ばれてくるのであって、自らの選挙区の利益や、あるいは特定の支持層の利益を代表する傾向が強いです。
 つまり、同じ住民から選ばれた代表といっても、その中身が違うというのがこの本の見立てです。
 

 このような状況の中、バブル崩壊後の地方自治体の運営においては税収減などにより財政制約が厳しくなりました。
 税収の伸びが期待できたバブル崩壊以前は、議員の主張する個別的利益をそれなりに実現することが出来ましたが、税収の伸びがストップし歳出のカットが必要となると、議員の主張する個別的利益をうまく調整する必要が出てきます。
 ここでこの本が持ち出すのが「現状維持点」という考えです。「現状維持点」とはそれまでに形成されてきた所与のもので、予算などを考えると分かりやすいと思います。
 ある分野の政策を推し進めようとするグループは、「現状維持点」からの歳出増を目指すわけですが、税収の伸びが期待できなくなると今度は「現状維持点」を守ろうとします。特に議会のような個別的利益がぶつかる場では、妥協の手段としてこうした現状維持が行われる可能性が高く、また議員の持つ当選回数を重ねる中でのしがらみなどとも相まって「現状維持点」を存続させるような行動を取ることが考えられます。

 
 一方で、地域の一般的利益を代表し、また当選回数を重ねることなく権力の座に付くことのできる首長にとって必ずしも「現状維持点」の存続というのは重要なものではなく、「現状維持点」から変化の幅の大きい政策を取ることが予想されます。
 特に財政状況が悪化する中では何らかの現状の変更が必要であり、そういった政策を実行することが要請されたのが「改革派知事」と言えるでしょう。
 とりわけ、この本の第2章で述べられているように、日本の首長というのはアメリカの大統領と違って予算、条例の提案権を持ち、政治的なアジェンダを自由に設定できる立場にあります。それに比べて、「地方議会は、予算を伴う政策の提案を行うことができず、首長の提案に対して議決権を行使すること」(55p)のみが可能です。
 

 このように90年代以降の日本の地方自治においては、大雑把に言って、現状の変更を目指す首長と、現状の維持を求める議会の力関係の中でその運営が行われており、それをこの本では実証的に分析してみせてます。
 第3章では財政データ全般、第4章ではダム事業の廃止、第6章では産業廃棄物税と森林税の2つの新税の導入がそれぞれ計量的に分析されており、データによってある程度著者の仮説が実証されています。
 また、第5章では東京都の臨海副都心の開発について時系列に沿った分析がなされており、都議会が臨海副都心の開発にストップをかけられなかった理由、青島都知事が都市博こそ中止したものの臨海副都心の整備そのものを止められなかった理由がわかるようになっています。地方議会と知事の権限を考える上でもこの章は興味深いですね。


 ただ、読んだ感想としては、「個別的利益を代表し、現状維持を志向するのは地方議会というよりもむしろ自民党ではないか?」という疑問も残りました。
 この本の実証分析において議会の自民党議席割合というのが重要なファクターとして出てくるのですが、日本全国で今まで自民党が強かったことも相まって、本書で描かれる地方議会の特徴と自民党の特徴がうまく切り分けられるものなのか疑問に思いました。
 今後、都市部で自民党の基盤は大きく破壊されるようになってくれば、地方議会のあり方というのも大きく変わってくるものなのかもしれません。


 もちろん、著者はそのあたりも視野には入れていて、終章では滋賀県の「対話の会」、そして大阪府橋下知事と「大阪維新の会」にも触れ、新しい動きにも注目しています。
 また、「改革派知事」に対する次のような総括も鋭いと思います。

 当初の改革派知事(首長)たちの挫折は、政治的なアクターが永続的に決定の「外部」に立ち続けられないことに起因すると考えられる。首長として地方政府の政策選択に携わる以上、いずれは自らが「現状維持点」の形成に深くかかわることになる。当初の改革派は新たなる改革の対象となり、次第にさらなる「外部」が要請される中で、地域住民の支持を保ち続けることは難しい。当初の改革派知事(首長)たちが去っていった後、数多くの首長たちが改革派を名乗り、その形容自体がすぐに陳腐化していったことは、地方政府において、組織化されない利益を「公益」として代表する特権的な改革なるものが存在するわけではなく、「公益」が定義されない中で次々にさらなる「外部」を要請していく運動が続く構造が存在することを示していると考えられる。(204p)


 著者にはこのあたりのことについて、ぜひ新書などのもう少し柔らかい形で書く機会を持ってほしいなと思いました。


地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択
砂原 庸介
4641049904