ミニアルバムの「ごめんね」が痛々しいながらもよかったふくろうず。
ついにメジャーデビューということで、アルバム「砂漠の流刑地」を買ってみたんだが、全体的に期待ほどはいかなくてちょっと残念。
しかも、『ミュージック・マガジン』を立ち読みしたら、ディスクレビューで3点。10点満点で3点、しかもポップスなら保母大三郎が低い点数を連発しますが、扱いは「ロック」でしたからね。
立ち読みなんでちゃんとは覚えてないですが「ジュディマリの何番煎じか分からないバンドで、曲もダメだし歌も下手。ジャケはトーキングヘッズのパクリでさらにダメ」みたいな感じ。
最初に書いたように、期待ほどではなかったのは確かだけど、ここまでボロクソでもないだろってことで、以下ふくろうずの良さをいくつか。
「ジュディマリの何番煎じ」という表現はたしかにちょっとあたってて、前半の曲はボーカルの内田万里のちょっとロリっぽい声にややうるさめのバックサウンドということで、それっぽく感じてしまうというのはわからないでもない。
けれども、ふくろうずのよい点というのはぜんぜんそんなところにはなくて、内田万里の声ももっとシンプルなアレンジでこそ生きると思う。
このアルバムだとそれを感じられるのは5曲目の"ユニコーン"あたりから。歌も決して上手いわけではないんだけど、高音の伸びや声自体はいいと思うし、半音上に外れたような過剰な感じが個人的には好き。
また、このアルバム全体はちょっと相対性理論の感じを狙ってそれが見事に外れているような印象もあるんだけど、同じ繰り返しのフレーズを歌う場合でも、相対性理論はまるでサンプラーで繰り返えしているようにフラットだけど、このバンドは違う。
7曲目の"スフィンクス"の♪絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対 絶対はない♪の繰り返しなんかでも、だんだん機械が壊れていくようになっていくみたいでスリリング。
この半分壊れているようなボーカルが魅力なんだと思います。
基本的にこのバンドの魅力は、ジュディマリのようなはじけすぎたポップさや相対性理論のようなクールなサブカルっぽさとかにあるんじゃなくて、Syrup16g的なイタくて自虐的で必死で、でもどこか冷めたような感じ。
歌詞だと6曲目の"灰になる"の♪あたしハイだった/意味のない日々で/あたしハイだった/ハイだった/灰になった♪とか、10曲目の"キャラウェイ"の♪ずるいし/金もない山もない谷もない人生さ♪っていう出だしの部分。
暗いっちゃ暗いんだけど、マジな暗さとはちょっと違う自虐の入った暗さがいいんだと思います。
というわけで、今回のアルバムはメジャーデビューということで変なサブカルっぽさやポップさを出してうまくいかなかった部分もあると思うけど、聴きどころもあるとおもう。
まあ、ジャケがよくないというのには同意だけど、3点以上の価値はある。
砂漠の流刑地
ふくろうず
とりあえず、今のところふくろうずの中で一番良くできている曲"ごめんね"(今回のアルバムには未収録)。ただ、歌詞はイタくてけっこう恥ずかしくもなります。