斎藤環『「社会的うつ病」の治し方』

 タイトルには「社会的うつ病」という言葉を使っていますが、いわゆる「新型うつ病」とその治療方法に関する本。もともと斎藤環の専門は「ひきこもり」でうつ病を特に重点的に診てきたわけではありません。ところが、その「ひきこもり」の治療法が「新型うつ病」にも応用できるのではないか?と考え、書かれたのがこの本と言えるでしょう。
 

 従来のうつ病というと40代、50代の中年男性に多く、ずっと真面目だった会社人間が昇進や転勤などのきっかけで発症するというのが典型的なパターンだとされていました。
 そして、それに対する治療方法も確立していて、まずは何よりも休養、そして抗うつ薬の投薬。他の精神疾患に対して治りやすい病気だとされていました。
 ところが、最近若い人に増えているうつ病は、治りにくく、また、一方的に落ち込むのではなく仕事以外の場面では案外ケロッとしているなど、今までのうつ病にはない特徴があります。この新しいうつ病内海健『うつ病新時代』で「双極2型障害」として分析したわけですが、この斎藤環のこの本もそうした「双極2型障害」的な新しいうつ病を対象にしています。


 この本が面白いのは、そうした新型うつ病の増加の背景を解説した部分と、「人薬(ひとぐすり)」と名付けられた治療法。
 まず、新型うつ病増加の背景ですが、斎藤環はこの要因の一つに現代社会を覆う「操作主義」に見ます。
 「操作主義」とは、生きて行くために自己を効率的にコントロールしていくこと、あるいは他者をコントロールすることですが、この操作を行おうとすればするほど、他者の反応に振り回され自己は疲弊していく恐れがあります。
 斎藤環はこの操作に関して次のように述べています。

 躁状態の過活動と、うつ状態のひきこもりと無為は、要するに「操作の過剰」と「操作の欠如」にあたります。言い換えるなら、操作自体を放棄してほどほどのところに留まるということが、きわめて難しくなっているのです。
 さきほども述べたとおり、操作主義においては、場当たり的に相手や状況を操作すること、それ自体が目的になってしまいます。それゆえ、そこには本来的な理念も目標もありません。若い世代のうつ病患者は、しばしば自分の状態を「空っぽになった」と表現します。これは操作主義が本質的にはらんでいる、目的や価値の欠如をそのまま意味しているようにも思われます。(41p)


 つまり、新型うつ病の躁うつ的な病状には、過剰なまでの操作への傾倒と、それがうまくいかなかった時の事故操作の失調があるというのです。
 さらにこの操作主義と環境管理型の権力とを絡めて次のように述べていま。

 環境管理型の権力と、人々が自ら求める操作主義とは、再帰的な緊密さ(相互に補強し合うという意味で)によって結びついています。「操作されること」が「操作すること」と表裏一体の関係におかれ、もはや「操作されること」への違和感や不快感はほとんど存在しません。
 むしろ人々は嬉々として、あたかも自ら進んで、操作されることを欲するかのようです。そこでは操作に対する異議申し立ては、すぐさま「空気の読めない」態度として排除されてしまうでしょう。いま政治運動が困難なのはこのためでもあります。(47p)


 これは説得力のある見立てではないでしょうか。
 自己を自由に操作できることが「イケていること」だと考える人間は、「操作される」ことに表立って反発はしません。なぜなら、そこで反発してしまっては、自己の操作能力の低さを露呈することになるからです。「操作されながらも、自分は操作されていることを知っているというようなシニカルな態度をとる」、それは操作主義に浸かってしまった人間の行動になるでしょう。
 これでは、なかなか「社会に対する怒り」のエネルギーが溜まることはありませんよね。


 本題の新型うつ病の話に戻ると、斎藤環はその治療法として「人薬」という考え方をこの本で提案しています。
 元来のうつ病の治療において、患者はできるだけ人間関係のストレスから遠ざかるべきだとされていました。うつ病に必要な休養のためにはできるだけストレスの原因から遠ざかるのがよいとされたのです。
 しかし、斎藤環新型うつ病においては健全な自己愛がバランスが崩れているとの見立てから、コフートの「自己ー対象」理論を引きつつ、対人関係と対人刺激の重要性について説いています。
 新型うつ病患者の多くにみられるのは、「高いプライド」と「低い自信」という自己愛のあり方で(108p)、このアンバランスな自己愛を修正していくことが治療の一つの方向性になります。
 このアンバランスな自己愛を持ち続けていると、「プライドが高いので他人からの助けも当てにできない。しかし自信もないので自ら一歩を踏み出すことも難しい」(120p)ということになりかねません。
 適度な対人関係の中で、自信やバランスのとれた自己愛を育てていくこと、これが新型うつ病の治療に有効である場合が多いのです。


 こうした理論以外にも、この本には実践的なことが多く書かれています。 
 第2部の「対応編」では、「家族の関わり方」、「上司の関わり方」、「セルフケア」など、具体的な対処法が書かれているので参考になるでしょう。
 

「社会的うつ病」の治し方―人間関係をどう見直すか (新潮選書)
斎藤 環
4106036746