イェジー・コシンスキ『ペインティッド・バード』

 松籟社<東欧の想像力>シリーズ第7弾は、ポーランド出身でアメリカに亡命し英語で小説を書いたコシンスキの『ペインティッド・バード』。
 第2次世界大戦時のポーランドにおいてナチスの手から逃れるために親元から田舎の農村へ疎開させられた子どもが経験した暴力と性的なサディズムを鮮烈に描いた作品で、作者の体験を元にして書かれたということもあり、発表直後からセンセーションを巻き起こした作品でもあります(過去に『異端の鳥』というタイトルで邦訳も出ています。作家の表記はイエールジ・コジンスキー)。

 
 タイトルの「ペインティッド・バード」は小説の中の鳥を捕まえるレッフという男がやっていた遊びから来ています。彼は捕まえた小鳥にカラフルなペンキを塗り、仲間がいた空に放します。放たれた鳥は仲間のもとへと飛んでいきますが、群れの鳥はペンキに塗られた鳥を仲間だとは見なさず攻撃を仕掛け、ついには殺してしまいます。レッフはむしゃくしゃするとこの遊びをするわけですが、この遊びはナチスがやったことのメタファーにもなっています。
 ナチスは金髪碧眼を重要視し、黒い髪や黒い目のユダヤ人やジプシーを迫害しました。主人公少年は黒髪に黒目の男の子で、行く先々で子どもたちからは苛められ、大人たちからはこき使われ、何度も生命の危機に追いやられます。
 子どもは本来ならば大人から保護されるべき存在ですが、「ユダヤ人やジプシーは無価値である」とされたドイツの占領地では、「ペインティッド・バード」のように、ひたすらサディズムの対象になるしかないのです。


 題材からしても、ほとんどポルノグラフィーと言っていいような描写からもこの小説はセンセーショナルを巻き起こすにふさわしいものなのですが、さらにやっかないのは、この小説がナチスの暴力よりもむしろポーランド農村における暴力と未開を嫌というほど描いている点。
 間男の目をえぐり出す粉屋の主人に、村の男たちと関係を結んだ女を集団でリンチする村の女性たち、強制収容所へ送られる列車から逃れたユダヤ人少女に襲いかかる農民、主人公に凶暴な犬をけしかけて楽しむ男など、およそ20世紀の出来事とは考えられないようなものばかりです。
 小説の最後の方では、ナチス・ドイツに協力したとされるカルムイク人の残虐行為なども描かれるのですが、圧倒的多数を占めるのは「普通のポーランド農民たち」による残虐行為。この小説はナチスの非人間的行為を描いたというよりは、人間の持つ「普遍的な性的サディズム」を描いた作品なのです。


 もちろん、この小説はフィクションであり、この小説に描かれているすべてが事実だとは思えません。この小説にポーランド人が怒ったというのも無理からぬ話ではあります。
 けれども、ラスト近くの戦争ですさんだ子どもが集められた孤児院の様子などは、アフリカの元少年兵たちが集まった学校を思い出させます。その学校ではささいなことから本気の喧嘩、殴り合いのレベルを超えて殺し合いに達しそうな喧嘩が起きていました。このコシンスキの描く孤児院でも、子どもたちは悪戯のレベルを超えたものを行っています。ある男の子は火のついたマッチを他人の服の中に放り込み、ある女の子は手の平に潜ませた釘で相手の顔をひっかきます。
 暴力の中で育った子どもたちは、暴力によって生きるしかないのです。


 この小説では直接的な戦闘はほとんど描かれません。けれどもこの小説は、戦争によって誘発された、あるいは解き放たれた暴力に満ちています。
 正直、描写のいくつかは悪趣味で、わざと露悪的に書いてあるとしか思えないものもあります。ただし おそらくこのようなひどいエピソードの羅列でしか伝えられない過酷な状況があったのは事実で、子どもが見てしまったその過酷な状況を大人になったコシンスキが何とかして描き出そうとしたのがこの小説なのでしょう。


ペインティッド・バード (東欧の想像力)
イェジー コシンスキ 西 成彦
4879842605