ラウィ・ハージ『デニーロ・ゲーム』

一万の砲弾が降り注いだ街で、僕はジョルジュを待っていた。

 これはこの小説の冒頭の一節。「一万の砲弾が降り注いだ街」とはレバノンベイルート
 中東の中では珍しいキリスト教徒中心の国家として誕生したレバノンは、1970年代のPLOパレスチナ難民の流入からキリスト教徒とイスラム教徒の対立が激しくなり、ついにその対立はレバノン内戦へと発展し、首都のベイルートイスラム教徒の多い西ベイルートキリスト教徒の多い東ベイルートに分裂します。
 そんな内戦下のベイルートに暮らす、主人公のバッサームと幼馴染の「デニーロ」というあだ名を持つジョルジュ。
 二人は戦場となり暴力に満ちたベイルートで、ジョルジュの働くカジノから金をくすねるということをやっています。しかし、それが元でジョルジュは民兵組織に入るはめになり、そこから二人の友情に距離が出てきます。
 二人で「ギャングごっこ」をしていた関係は、ジョルジュが民兵組織に入って「本当の戦場」を経験してしまったことで変わってしまうのです。


 個人的には、この小説は主人公にいまいち共感することが出来ませんでした。
 内戦下のベイルートという厳しい環境にいながら、主人公はちょっといきがっているだけの「甘ちゃん」のような印象で、その行動には時にいらいらさせられます。もちろん、主人公も母を亡くしたり拷問を受けたりと非常に厳しい経験をするのですが、主人公の「甘さ」はその後も変わらない印象で、ベイルートを離れたあとでパリに行ってからもその行動にはいらいらします。
 けれども、その主人公との対比でこそ、ある意味で「本当の戦場」、あるいは「戦場」という言葉が当てはまらない虐殺の場を経験してしまったジョルジュの存在が際立つ。
 戦場では誰でも「地獄」を見る可能性があって、ジョルジュはそれをまともに体験してしまった。そして幼なじみの二人は引き裂かれざるをえないのです。


 タイトルの「デニーロ・ゲーム」はたんにジョルジュのあだ名だけではなく、デニーロの出演した映画と関係があります。途中でその予感がするかもしれませんが、その「ゲーム」の内容が明らかになるラストは見事。今までこの小説に感じてきた不満も吹き飛びます。
 作者はこの作品がデビュー作で、レバノン出身で現在はカナダで執筆活動を行っているラウィ・ハージ。こなれていない感はありますが鮮烈な印象を残す作品です。


デニーロ・ゲーム (エクス・リブリス)
ラウィ ハージ 藤井 光
4560090173