グレッグ・イーガン『プランク・ダイヴ』

 イーガンの久々の短篇集。
 ハードSFとして有名なイーガンですが、今回はとりわけハードな内容が多くて数学や物理についてのそれなりの知識というか感触がないとわけがわからない面もあるかも。『祈りの海』や『しあわせの理由』なんかに比べると、ややとっつきにくいかもしれません。


 そんな中でもっとも普通の人にわかりやくて考えさせられるのが「エキストラ」。
 移植のためのクローンであるエキストラ。未来社会において金持ちたちは何体ものエキストラを所有し、そのエキストラから臓器の供給を受け健康と長寿を手に入れています。エキストラは人間ではありますが、先天的に脳が損なわれており調教によって単純な運動をするくらいの知性しかありません。
 そうしたエキストラを何体も所有する超大金持ちのダニエルがエキストラとの間での究極の移植を試みるというのがこの短編の芯となるストーリーなのですが、個人的に面白いと思ったのは、ダニエルの元愛人のセーラがエキストラとSEXをして妊娠、ダニエルに対して巨額の養育費を要求するというエピソード。クローンに子どもができた場合にクローン元となる人物とその子どもの間に何らかの法的・生物学的な関係が生まれるかどうかというのは確かに興味深い問題と思います。


 冒頭の「クリスタルの夜」で問題になっているのは人工知能の倫理的地位の問題。
 コンピューターの中で進化し、自律的な思考が可能になった人工知能は生命なのか?彼らを消去してしまうことは何らかの倫理的な問題を引き起こすのか?といったことが小説のテーマになっています。
 もちろん、小説の中で描写される人工知能の発達ぶりを追っていくだけでも楽しいのですが、こういった倫理的な問題をうまく絡めていくのがイーガンの真骨頂でしょう。
 こうした倫理的な問いは、「ワンの絨毯」や「伝播」にもあって、地球外の生命体に対して干渉することが許されるのか?自動的に宇宙に植民していくような行為に問題はないのか?といった倫理的な問題がストーリーにうまく絡めてあります。


 「暗黒整数」は『ひとりっ子』に所収の「ルミナス」の続編で数学の体系が現実世界に影響を与え、その数学の体系が実は複数あるというかなり難しい設定のものですし(ゲーデルとかの議論を知っている人は比較的すんなりと頭に入ってくると思う)、「ワンの絨毯」はハードSF長編『ディアスポラ』のプロトタイプの短編。
 ということで、最初に書いたように今までイーガンを読んだことのない人にとってはとっつきにくい短篇集ですが、読んでいる人にとっては相変わらずのイーガン・ワールドが楽しめるものになっています。
 (イーガンを初めて読むのなら個人的には『しあわせの理由』がオススメですかね)


プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)
グレッグ・イーガン 鷲尾直広
4150118264


しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)
グレッグ イーガン Greg Egan
415011451X