スティーヴン・ベイカー『数字で世界を操る巨人たち』

 日本でも財布の中で増えていく一方なのがポイントカード。このポイントカードによって消費者は一種の割引を受けることになるわけだけど、企業は単なる割引ではなくてなぜポイントカードという手のこんだことをするのかかという問題があります。
 まあ、それに対しては多くの人が「顧客情報を収集するためでしょ」と答えると思います。
 では、その顧客情報はどう活かされているのか?
 これに対しては「ダイレクトメールの発送」、「売れ筋の分析」といった答えが思いつくと思うのですが、実際、この本を読むとそれをはるかに上回ることがなされている、あるいは企まれている事がわかると思います。


 例えば、顧客はさまざまなカテゴリー(この本の表現だと「バケツ」)に分けられています。
 その中で一番企業側にとって嫌な存在が「フジツボ」。これはクーポン券を片手に特売商品や割引対象商品だけを買っていく客で、小売にとって何の利益ももたらさないばかりか損失をもたらす存在にもなります。
 そこで、企業はこれら「フジツボ」にはダイレクトメールを送らないようにしたり、オンラインの商店では広告攻めにして買う気をなくさせます。


 こんな形で集めた大量の情報を元に消費者を分析し、そしてその行動パターンや識別方法を見抜いていくのが、この本でとり上げられている〈数の達人〉たちです。彼らは高度の数学を駆使して大量のデータを処理し、そのデータの中に隠されたつながりを探っていきます。
 そしてこの本が面白いのは、消費者に対する分析だけではなく、「有権者」、「テロリスト」、「患者」、「恋人」といった対象についての分析もレポートされている点です。


 例えば、有権者に関する分析では有権者は6種類に分かれ、そのうちの1つは政治に興味を失っている集団。そして残りはそれぞれ次のことを重視する集団に分かれているそうです。

1 機械の平等化
2 社会での活躍
3 自立した生活
4 家族の幸福
5 高潔な行動

 で、アメリカの政治状況を知っている人にはある程度想像が付くでしょうが、「1」は民主党支持者、「5」は共和党支持者になります。
 そして「2」〜「4」の人びとをどれだけ引きつけられるかで選挙の勝敗は決まります。
 では、これらの人にどう働きかければよいか?
 この本でとり上げられている〈数の達人〉はこれらの集団を更に細かく分析し、家庭での幸福を追求し市場原理に抵抗を示す〈かまどの番人〉、同じく家族の幸福を追求するが新技術に熱心な興味を示す〈右クリック〉、「機会の平等」を重視するがあまり熱烈な方ではない〈動かない水〉などの集団に分け、どの集団に働きかけるのがもっとも効率がいいのかを探っていきます。
 そのとき個人をどの集団に振り分けるかを決めるのは様々なデータで中には一見政治とは関係のないものもあります。例えば、ネコを飼っていれば民主党支持者が多く、共和党支持者はネコよりもイヌを飼う。そんなデータから学歴、家族構成などを使って有権者は分析されていきます。
 もちろん、これは確実なものではないですし、有権者のタイプが分かったからといって選挙に勝てるわけではありません。ただ、この地域ではどのタイプの有権者が多く、その有権者の票を得るにはどんなことを訴えればいいのかということがわかれば、選挙戦はより高度化し、ますます〈数の達人〉たちが必要とされることになるでしょう。


 こんな形で今起こっている、巨大なデータを使ったさまざまな動きを見せてくれるのがこの本。
 やや文章が気取りすぎていて、もっと肝心なところに突っ込んでくれよと思う部分もあるのですが、〈数の達人〉たちの手口は興味深いですし、これからの社会を生きる上で読んでおいて損のない本です。


数字で世界を操る巨人たち
スティーヴン ベイカー 伊藤 文英
4270005769