エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』

 帯には「ブラック、グロテスク、シュール!」とあり、カバー裏の内容紹介は以下の通り。

 長い三十年間の失踪の後に帰宅し、死の床に伏していた祖父が語ったのは、ある一家の奇怪で悲惨な事件だった。一家の四人の兄妹は、医者である父親に殺された母親のバラバラにされた体の一部を、父親自身の手でそれぞれの体に埋め込まれたという。四人のその後の驚きに満ちた人生とそれを語る人々のシュールでグロテスクな物語。ポストモダン小説を語る上で、欠くことのできない傑作。マコーマックの騙りの魔術の出発点。

 これを読むとさまざまな仕掛けが施された奇想系のダークファンタジーのようなものを想像するかもしれません。
 ところが、実際にこの本を読むとちょっとこの紹介や煽り文句がずれていると感じるのではないでしょうか?


 確かに、「四人の兄妹が、医者である父親に殺された母親のバラバラにされた体の一部を、父親自身の手でそれぞれの体に埋め込まれる」という設定はグロテスクですし、その兄妹が経験する話もグロテスクではあります。また、第二部以降の冒頭に引用されている謎の書物や語り手の不安定さ、ラストの結末の付け方などは確かに「ポストモダン」的です。
 けれども、この小説の文体はそうしたタイプの小説とは違っていて端正で落ち着いている。語られている内容はホラ話以外の何物でもないのに、その語り口はいたって真面目なのです。


 主人公エズラ・スティーヴンソンは十二歳の時に祖父のダニエル・スティーヴンソンから「四人の兄妹が、医者である父親に殺された母親のバラバラにされた体の一部を、父親自身の手でそれぞれの体に埋め込まれる」という話を聞かされます。4人の兄弟の名前はエイモス、ザカリーの兄弟とレイチェル、エスターの姉妹。祖父のダニエルにこの話をしたのはその中のザカリー・マッケンジーでした。このダニエルは三十年前に失踪し、そして三十年後に誰にも気づかれずに家に帰り屋根裏部屋に住み続けた男で、この話はパタゴニアで聞いた話ということになっています。
 謎めいた祖父のつくり話にすぎないと思われたこの話ですが、エズラは南太平洋の《自己喪失者研究所》なる場所で、所長のドクター・ヤーデリからエイモス・マッケンジーなる男の名前と彼がジャングルで経験した不思議な経験の話を聞きます。
 そこから主人公はレイチェル、エスター、ザカリーの話をそれぞれ違った場所で聞くことになります。しかもその兄妹の運命以外にも、家族や町の人から完全に忘れ去られた女の話や自分の自殺を殺人に見せかけようとした男の話など奇妙な話が次々と登場して謎を彩ります。
 で、ここまでとんでもない話が語られながら、真面目なミステリーのように話が進んでいくのがマコーマックならではといえるでしょう。


 全体の完成度からいうと、以前紹介した『ミステリウム』のほうが上だと思いますが、奇妙な話という点でいうとこちらが上。とにかく奇妙な謎や想像力を味わいたいという人におすすめです。


パラダイス・モーテル (創元ライブラリ)
エリック・マコーマック 増田 まもる
4488070698