パオロ・バチガルピ『第六ポンプ』

 去年、『ねじまき少女』で話題をさらったバチガルピの短篇集が「新・ハヤカワ・SF・シリーズ」から登場。
 『ねじまき少女』も面白かったですが、小説としてはこちらの短篇集の方がいいかもしれません。
 バチがルピの小説はその圧倒的な未来世界の設定に面白さがあるのですが、『ねじまき少女』ではその面白さを認めつつも「長すぎる」と感じた人もいたと思います。僕も面白く読みながらも「話が進まないなー」と思いながら読んでいました。
 その点、この短編集では短い短篇の中にオリジナリティあふれる未来世界を見せてくれるので、バチガルピのエッセンスを凝縮した形で楽しむことができます。


 まず、『ねじまき少女』と同じ世界観を持っている作品が「カロリーマン」と「イエローカードマン」。
 石油が枯渇し温暖化が進行。さらに遺伝子操作の結果、農作物に様々な病気が流行し、病気に体制のある遺伝子組み換え農産物しか栽培することができず、世界は遺伝子組み換え作物の遺伝情報を持つ一部のカロリー企業によって支配されている。そんな未来世界を舞台にしたのが上記の2作です。
 「カロリーマン」はアメリカ南部を舞台に遺伝情報をめぐる話が展開し、「イエローカードマン」は『ねじまき少女』の舞台となったタイのバンコクを舞台に『ねじまき少女』のプロトタイプとも言える物語が展開します。『ねじまき少女』のホク・セン的な人物を主人公に、ねじまき少女も登場。この『第六ポンプ』から読んでこの2つの短編を面白いと思った人は、ぜひ『ねじまき少女』も読んでみてください。


 この2つの短編もそうですが、バチガルピのつくりだす未来世界は、現在考えられる危機をどんどんと拡大させていって、その果ての世界を描いています。
 「タマリスク・ハンター」で描かれるのは水が枯渇し、貴重な資源となった世界。アメリカの各州は水の権利を奪い合い、権利を持った州は上流での水の採取を禁止し、周囲の井戸にはコンクリートを流しこんで埋めてしまう。水の権利をもたない州や都市の住民は水を求めて難民となっています。
 また、「ポップ隊」では医学の進歩によって事実上の不老不死が実現した世界。その世界では社会を維持するために出産と育児は禁止され、闇で産まれた子どもを殺害する「ポップ隊」と呼ばれる警察の組織がある。この短篇はポップ隊に所属する男が主人公で基本となる話はその任務を巡る話なのですが、彼の愛人が不老不死のおかげで今までは不可能だった長期の練習を積み、演奏不可能と言われてきた曲を演奏するビオラ奏者だという設定も面白い。無限の練習による技術の向上というのは確かに不老不死ならではのものかもしれません。


 そして表題作の「第六ポンプ」も面白い。
 舞台となるのは食品添加物などの摂取のしすぎで人類の痴呆化が進んだ未来社会。そこにはトログ(鈍物)と言われる痴呆化した人間までが出現している。基本的には無害だが、ほとんど裸で見境なくSEXし、冬が来たら大量に凍死してしまう彼ら。彼らは普通の人間のカップルからも生まれ、また彼らの間でも繁殖しています。そんな世界で主人公は下水処理の仕事をしています。職場の中では有能な彼は第一から第九までのポンプを動かし、ニューヨークの街の下水を処理しています。唯一職場で何とかマニュアルの読める彼は、ポンプが故障した時に頼りにされるわけですが、ところが第六ポンプだけがどうしても動かない。読み進めていくと、ポンプが動かない原因はポンプ自体ではなくこの社会にあるということがわかってくるのですが、これは非常に怖い未来です。
 よく「日本(先進国)にもはやものづくりは必要ない!」という人がいますが、そういう人の意見を鵜呑みにする前にぜひ読んでもらいたい作品です。確かに僕たちはパソコンや携帯電話のしくみを知らずにそれらを使っていて、その製造工程もどんどん発展途上国へと移っていますし、「ベーシック・インカム」というのも荒唐無稽な話ではなくなってきたのかもしれません。けれども、「一部のクリエイティブな人たちがクリエイティブな仕事をしていればいい」といった考えは、ひょっとするとこの「第六ポンプ」に描かれた世界をもたらすかもしれません。もちろんこれはあくあまでもこれは空想上の最悪のものですが、似たようなことが起きないとは言い切れないのではないでしょうか。


 あと、『ねじまき少女』の時も指摘しましたがバチガルピはエロいです。
 この本に収められた、フルートに改造された少女を描いた「フルーテッド・ガールズ」はかなりエロチック。このあたりも最近のSF作家にはない魅力かもしれませんね。まあ、あくまでもおまけ的な魅力ですけど。


第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
パオロ・バチガルピ 鈴木康士
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