伊藤計劃『ハーモニー』

 2009年に亡くなった伊藤計劃の最後の長編作品で、第30回日本SF大賞受賞作品。さらに英訳版がフィリップ・K・ディック記念賞の特別賞を受賞しています。
本のカバーに書かれた内容紹介は次の通り。

 21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する“ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した―それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る―『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。

 

 まず、さすが高く評価されているだけあって面白いですし、ストーリー展開も謎が謎を引っ張る形でミステリーとしてもよくできています。前作、『虐殺器官』の設定を引き継いだ未来世界は「ユートピアとしてのディストピア」としてうまく描かれていると思います。
 HTMLの書式を組み込んだような文体については読みにくいと感じる人も多いと思いますが、これも最後まで読めばこうなっている理由がわかります。


 ただ、それでもこの小説には奇妙な印象を受けます。
 レビューなどでも「ライトノベルっぽい」という声はいくつも上がっていますが、それだけにとどまらない内容と文体、あるいは内容とそれを組み上げる材料の違和感みたいなものがあるのです。
 喩えると、発泡スチロールで組み上げたピラミッドというか、そこらへんになるプラスチックのガラクタで組み上げられた東照宮の陽明門みたいな感じです。
 

 主人公の「霧慧トァン」とかいう名前がライトノベルっぽいとか、『涼宮ハルヒの憂鬱』から引っ張ってきたようなフレーズがあるとか、舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる。』のタイトルをまんま使った表現があるとか、そういう部分ももちろん大きいんだけど、それ以上にかなり大きなスケールで未来世界を描きながら、出てくる地名がバグダッドだったりチェチェンだったりと、「今現在」話題の地名ばかりとか言うところが気になる。
 この使われている材料の身近さが、未来社会を想像することを容易にしていると同時に、同時に「安っぽく」もしているなというのがこの小説を読んで受けた印象。これがはよいのか悪いのかというのは一概には言えないんだけど、伊藤計劃は他のSF作家がさんざん頭を捻りそうな場所を借り物で済ませてしまって、そのぶん大きな絵を描けている感じがする。
 スケール感のある「重い」話ではあるんだけど、なぜか「重み」を感じない。面白くはあるけれども、そんな不思議な読後感が残った小説でもありました。


ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
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