御厨貴編『「政治主導」の教訓』

 帯には「なぜこんなことになったのか?」と大きな文字。
 これは民主党政権に対して誰しもが思うことでしょう。
 総理大臣になるはずの党首が鳩山由紀夫小沢一郎があれこれ付け足したせいで実現性に疑問符のついたマニフェスト、永田議員の偽メール問題などに見られる脇の甘さ…、民主党政権に対する不安というのは政権を獲る前からいろいろとありました。
 しかし、ここまでグダグダになるとは思いませんでした。
 そんな「なぜこんなことになったのか?」という疑問に、御厨貴の教えを受けた若手の政治学者などが集まった「政権交代研究会」のメンバーが答えた本。
 論文集なのでそれぞれの興味深いものとそうでないものがありますが、上記の疑問にある程度答えてくれる面白い一冊になっていると思います。
 ちなみに御厨貴は編者となっていますが、序文を寄せているだけです。

 目次は以下の通り。

第I部 政治構造の変容
第1章 民主党政権と世論――内閣支持率乱高下の背景構造を探る[菅原琢]
第2章 政権交代と人事――ネクスト・キャビネットという試み[山本健太郎]
第3章 政権交代と利益誘導政治[砂原庸介]

第II部 「政治主導」の現場
第4章 余はいかにして脱藩官僚とならざりしか――変革期における官僚の論理と倫理を求めて[荻野徹]
第5章 政権交代・政治主導と官僚組織の「応答性」[佐脇紀代志]
第6章 国土交通省の内外で起こったこと――「脱官僚」の現場から[黒須卓]
第7章 撤回された「政治主導確立法案」をめぐって[藤井直樹]

第III部 政治主導の論点
第8章 「脱官僚依存」と「内閣一元化」の隘路――「前の調整」・「後ろの調整」・「横の調整」[木寺元]
第9章 世論応答と専門知の相克――民主党政権の金融行政をめぐって[近藤隆則]
第10章 事業仕分けの検証――「予算編成」としての限界と「行政改革」としての可能性[手塚洋輔]
第11章 政権交代日本銀行の独立性――「政治化」から「行政化」へ[柏谷泰隆]
第12章 大企業から見た政治主導――政権交代による政策渉外の変容[高橋洋]

おわりに──「政治主導」の教訓[高橋洋]

 

 以下、面白かった論文を簡単に見ていきたいと思います。

 『世論の曲解』でおなじみの菅原琢による、内閣支持率の乱高下の要因を探った論文。
 民主党の鳩山、菅、野田の各首相、そして政権交代前の自民党の首相たち、いずれも政権発足時は高い支持率を誇りながらも、坂を転げ落ちるように支持率が落ちていき首相の座を追われています。この要因としては単純に「無党派層の増加」があげられることが多かったのですが、さらに踏み込んで分析してみせたのがこの論文。
 日本では衆議院小選挙区比例代表制という制度を採用しているために、有権者は多党制的な選好を示していながら、実際の議席配分は二大政党制の形になります。この有権者の政党の支持と実際の議席のズレが、有権者の政党支持の流動化や無党派化を生み、それが政党支持率の不安定化と同時に内閣支持率の不安定化を生んでいるというのが著者の分析です。
 また、党内の対立が「指導力がない」「安定感がない」というイメージを生み、内閣支持率の下落につながることも指摘されています。

 民主党政権政権交代直後から準備不足を感じさせましたが、一方で民主党は早くからネクスト・キャビネットをつくって政権交代の用意をしていました。そこでネクスト・キャビネットと実際の民主党政権の大臣・副大臣政務官の関係を具体的に調べてみたのがこの論文。ネクスト・キャビネットに一定の人材選抜機能があったことがわかります。

 自民党政治は、有権者自民党に支持を与えるのと引換に自民党の政治家が公共事業などによる利益誘導をはかるクライエンタリズムによって支えられていました。その利益誘導政治の否定を掲げたのが民主党でしたが、実際はどうなったのかということを分析したのがこの論文。
 国政の図式では「自民党VS民主党」という単純な図式が描けますが、地方政治のレベルだと民主党の力はまだまだ弱く、自民党に対抗できる勢力にまで育っていません。一方、地方では自民党のクライエンタリズムを打破することを主張する「改革派知事」が登場しています。
 民主党政権の誕生時は、この「改革派知事」と民主党政権が結束してクライエンタリズムの打破をめざす動きも、見られたが結果的にはそうはならなかったというのがこの論文の見立てです。

 著者は現役の国土交通省官僚で、内側から見た民主党政権について書いています。
 政権交代後の予算編成においてシーリングを廃止したことなどから、個々の事業を一律に削減する発想が政務三役にあまりなかったこと。「コンクリートから人へ」の合言葉通りに、インフラへの予算は厳しく、一方で国民生活を守るための補助金の査定は甘かったこと。省内では政務三役による「政治主導」が発揮されたものの、政府全体で政策の優先順位をつける機能が足りなかったこと。こういったことが実際に民主党政権下で仕事をした体験から指摘されています。

 

  • 脱官僚依存」と「内閣一元化」の隘路 「前の調整」・「後ろの調整」・「横の調整」[木寺元]

 個人的にはこの論文が一番面白かった。
 自民党は部会や政務調査会などを使った「前の調整」をすることで、議員を意思決定に参加させ党の意思を固めてきました。しかし、これは族議員やそれらと深く関わる官僚中心の政治を生んだとも言われています。
 これに対して民主党は政策決定の「内閣一元化」を掲げ、政務三役による政策決定を目指しました。しかし、政策が全て内閣で決まり、法案に対して党議拘束がかかるのなら政府に入れなかった与党議員はたんなる採決要員にすぎなくなります。これに対して、国会審議などを通じた「後ろの調整」を許容する動きもありましたが、結局は自民党と同じように党議拘束がかかり、政務三役がすべてを決めてしまっているとの不満が党内から出てきます。
 そこで「内閣一元化」はだんだんと緩和され、菅内閣での政調復活につながります。
 また、各省の間の「横の調整」をどう行うのかというのも民主党政権が直面した問題の一つ。事務次官会議を廃止した民主党政権は、この「横の調整」を行う仕組みがうまく機能せず、結局は野田政権での事実上の事務次官会議の復活へといたってます。
 そして民主党政権の政治スタイルは結果として自民党の「前の調整」と「官僚による横の調整」を重んじるスタイルに戻りつつあるというのが著者の分析です。

 大企業において政治に対してはたらきかけを行う活動を政策渉外と言います。あまり知られていない政策渉外の活動が政権交代によってどう変わったか?ということを分析した論文。
 企業活動に関わるということでそれほど具体的な事が書かれているわけではないのですが、普段あまり目にしない活動について書かれていて興味深いです。
 


 この本を読んで一番考えさせられたのが木寺論文にある、政府に参加できなかった議員に問題。
 衆議院過半数をとるには240人超の議員が必要なわけですが、そのすべてを政府に参加させることは不可能です。かといって、自民党のような党内の部会に力をもたせると政策決定の二元化を生みます。
 もしイギリスのように政党自体に大きな力があれば、個々の議員の不満をある程度抑えることができるのかもしれませんが、個人で戦うことの多い日本の政治家に関してはなかなか難しいです。
 また、近年の選挙では「小泉チルドレン」「小沢チルドレン」といった大量の一年生議員が生まれています。これらの議員は小泉純一郎小沢一郎といった「カリスマ」が存在している間はその裁決要員の立場に満足しているかもしれませんが、「カリスマ」がトップでなくなれば当然不満を貯めこむことになります。
 組織としての政党をいかに鍛えあげていくか?また、そのために選挙制度、党内の代表選出制度をどう考えていくか?ということが、「民主党政権交代への失望」から考えるべきことだと感じました。


「政治主導」の教訓: 政権交代は何をもたらしたのか
御厨 貴
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