造形家である木根原の娘・理沙は、九年前に海辺で溺れてから深昏睡状態にある。「五番めは?」―彼を追いかけてくる幻聴と、モーツァルトの楽曲。高速道路ではありえない津波に遭遇し、各所で七本肢の巨大蜘蛛が目撃されているとも知る。担当医師の龍神は、理沙の夢想が東京に“砂嵐”を巻き起こしていると語るが…。『綺譚集』『11』の稀代の幻視者が、あまりにも精緻に構築した機械仕掛の幻想、全3章。
これがカバー裏に書いてあるこの小説の内容紹介。
これだけではなにがなんだかわからないと思いますが、確かに冒頭からしばらくは「何がなんだかわらない」状態でしょう。
第1章では、主人公の木根原に「君」と語りかける二人称の形で話が進みますし、話自体も機械が謎の誤作動を始めた東京の街をストロングゴースト号という巨大な馬が引く馬車で進んでいくという展開。
第2章、第3章とだんだんとその内容は落ち着いてきて、第1章の謎とき的な展開になりますが、やはり印象に残るのは第1章のすべてが狂ってしまった東京の街。イメージが奔流となって溢れだしています。
この小説を読んで思い出したのは、亡くなってしまった今敏が監督した『パプリカ』。
『パプリカ』は夢の世界に入り込んで行く話で、その夢の世界の中で奇っ怪なパレードをはじめとしてさまざまなイメージがまさに怒涛のごとく溢れ出していましたが、まさにあの感じ。
筒井康隆の原作は未読なので、小説の『パプリカ』と似ているかどうかはわからないのですが、イマジネーションが現実を侵食していく様子はまさに同じです。
というわけで、『パプリカ』が好きな人にはお薦めしたい小説。
ただ、個人的には今敏のイマジネーション至上主義みたいなのがいまいち好きでないのと同じように、この小説もよくかけているとは思うけど、「好き」とはいえないですね。
今敏もこの小説も、イマジネーションの部分がすごいのは分かるんですが、その裏にある構造というか謎がやや単純、あるいはオカルトっぽく感じます。個人的に「夢」を扱うときは、もうちょっと禁欲的というか考えられた構造みたいなものが必要な気がするのです。例えば、『インセプション』みたいにしっかりとした構造がある方が好きです。
とはいっても、読ませる小説であることは確か。インパクトのある日本の小説を読みたいと思っている人にはいいと思います。
バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)
津原 泰水