『桐島、部活やめるってよ』

 評判が良かったので昨日の映画の日に見てきましたが、これは良かったですね。
 原作は未読ですが、桐島というバレー部のキャプテンが急に部活を辞めて姿をくらましたことによって起こる学校内の波紋を描いたという話を、見事に映画として仕上げていると思います。
 すでにネットなどで指摘されていることだと思いますが、この映画はガス・ヴァン・サントの『エレファント』のスタイルをなぞっています。
 廊下を歩く生徒を背後から撮るオープニングは『エレファント』と同じですし、さまざまな生徒の視点をスイッチさせながら話が進んでい構成も同じ。おそらく、この『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督の頭には『エレファント』があったでしょうね。


 けれども、コロンバイン高校の銃乱射事件を描いた『エレファント』とは違って、この『桐島、部活やめるってよ』にはラストの破局はありません。『エレファント』が、現実にあった銃乱射事件という「破局」を意識させつつ、死をイメージさせるような不穏な雰囲気を漂わせることによって観客の関心を引っ張るのに対して、この『桐島、部活やめるってよ』を引っ張るのは桐島という不在の人物。明らかに銃乱射事件ほどの牽引力は持ちません。
 また、一部ではこの『桐島、部活やめるってよ』を語るときに「スクール・カースト」という言葉が用いられていますが、アメリカの「ジョックス(スポーツができるやつ)」と「ナード(オタクっぽいやつ)」ほどの断絶もありません。
 それぞれの人物たちがすれ違っていく『エレファント』に対して、この『桐島、部活やめるってよ』では、バレー部の生徒も帰宅部の生徒もバドミントン部の生徒も吹奏楽部の生徒も映画部の生徒もそれぞれ微妙な関係性を持っています。


 そして、今、バレー部、帰宅部、バドミントン部、吹奏楽部、映画部の順番で書きましたが、実はこれがこの映画内のヒエラルキー。ここで帰宅部が上位にいるところが今時の高校生のリアリティ。スーパーな存在であるバレー部のキャプテン桐島を除けば、「イケてる」のは帰宅部。あくせくと努力するよりも今を楽しむスタイルのほうが「イケてる」という雰囲気があります。
 しかし、その「イケてる」要素が何なのかというとそれは空虚。
 女子で一番「イケてる」梨紗は、結局、桐島の彼女だから「イケてる」わけですし、野球部をサボって帰宅部の連中とつるんでいる宏樹も空虚感を抱えています。
 なら、「「バカ」になって部活に打ち込めばいいじゃん」、とも思いますが、そこでなかなか「バカ」にはなれないのが今の高校生気質な気もします。とにかく情報もあふれていていろいろな選択肢がありますから、「部活だけ」に打ち込むことは昔よりも格段に難しくなっているんですよね。


 ただ、この映画では映画部の面々という「バカ」を前面に出すことによって、高校生たちの微妙なリアリティを出すと同時にエンターテイメントに仕上げている。
 神木隆之介が演じる、映画部の前田は原作ではもっとぬるい映画ファンなのですが(『ジョゼと虎と魚たち』とかを見ている)、それを『映画秘宝』を読み、ジョージ・ロメロを愛し、休みの日には塚本晋也の『鉄男』を見に行くという、「濃い」映画マニアにすることで、観客を笑わせつつ、出口の見えない学校の出口を指し示している。
 ラストの屋上でのゾンビ映画の部分はシーンとしても素晴らしいですね。


 この神木隆之介の演技もいいのですが、他にも吹奏楽部で片想いの女の子を演じる大後寿々花が素晴らしい!
 『SAYURI』のときに天才子役と言われましたが、演技力は順調に成長してますね。
 橋本愛が美人過ぎでちょっと全体のバランスを乱してしまっているんじゃないかって感じもしますが、田舎の高校なら梨紗役の山本美月のほうがモテるってのもありな気がします。
 こんなふうに生徒役の役者もハマっているのですが、『エレファント』がほぼ素人を使って似非ドキュメンタリー風になっているのに対して、役者とシナリオで学校の雰囲気をうまく出している部分も個人的には評価したい。
 大人がシナリオを書くと、どうしても「今時の高校生」を描こうとして変な勇み足をしてしまいがちですが、そういう部分がほぼなかったと思います(強いて言えば、バドミントン部の実果と帰宅部女子の二人との関係はやや直接的すぎる気もしましたが)。
 

 というわけで、うまいし、面白いし、現役の高校の教員から見ても微妙でイタいリアリティがある映画だと思います。
 そろそろ終わっちゃいそうなのが残念ですね。


桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
朝井 リョウ
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