待鳥聡史『首相政治の制度分析』

 小泉政権がそれまでの自民党政権の常識を打ち破って次々と新しいスタイルを打ち出していた頃は、衆議院への小選挙区比例代表並立制の導入と橋本龍太郎の行った行政改革が「強い首相」を生み出したという論調が強かったのですが(例えば、竹中治堅『首相支配』など)、小泉以降の政権は、安倍、福田、麻生、鳩山、菅といずれも短命で、首相は改革前の宇野宗佑海部俊樹を思い起こさせるような与党内の都合によって簡単に首がすげ替えられる「お飾り」のようなイメージを強めています。
 そんな「弱い首相」像に比較政治学の観点から切り込み、日本の首相の権力は政治制度改革以来明らかに強くなっており、けっして「弱い」わけではないと論じたのがこの本。


 とりあえず、この本の結論部分から著者のスタンスがよく分かる文章を引用します。

 ウェストミンスター化した議院内閣制では、首相の無能さや未熟さは政権と与党の行き詰まりに直結する。鳩山や菅が民主党政権を混乱させたことは、皮肉にも日本の首相政治がかつてとは全く異なっており、首相の不適切な判断が政策過程に直接的に影響を及ぼすものになったことの証左である。そして、彼らが時間とエネルギーを浪費した一つの帰結として、民主党は新しい首相政治のさらなる制度化を進めることができなかったのである。
 同時に彼らの能力や資質に問題があったとしても、それだけが行き詰まりの理由ではない。安部以降の自民党政権もまた政策的な成果という意味では極めて不十分であった。五人連続で不成功の短命政権が続くということは、首相個々人の能力や資質では説明できない、より構造的な制約要因が日本の首相政治にはなお存在していると考えるべきではないだろうか。(171p)

 このように著者の見立ては、日本の首相は基本的な制度面から言って「強い首相」のはずだが、参議院と政党内部のガヴァナンスという制度上の「問題」があるために、結果として「弱い首相」が続いているというものです。


 この日本の首相をめぐる制度面の変化とその影響は、例えば第3章「首相から見た与党議員と官僚」の中の「首相が誰と面会したか?」という首相動静データの分析によって示されています。
 これは、1990年代に行われた選挙制度改革と内閣機能の強化が首相の政治スタイルにいかに変化させたかということをあぶりだそうとしたものですが、改革前の竹下、海部といった首相と改革後の小泉、安倍を比べると、幹事長などの役職についていない「与党一般議員」に対する面会が減っており、その代わりに官房長官首相補佐官などの「執政中核部」との面会が増えています。
 これは内閣が強化され人的資源が豊富になったことの現れで、与党内の有力議員に頼らなくてもそれなりにやっていけるようになったということなのでしょう。
 また、民主党の鳩山、菅両内閣になると、「与党一般議員」だけでなく「各省官僚」との面会も大きく減っています。そして面会相手の過半数は「執政中核部」と閣僚・副大臣政務官の「執政外延部」です。民主党政権がさらなる官邸への権力集中を狙った様子がわかります(もちろんそれはあまりうまくいかなかったわけですが)。


 というわけで、やはり日本の政治の一つのネックは参議院ということになります。
 両院がほぼ対等である二院制はイタリアなどにも存在するのですが、日本では自民党が長年、衆参両院で多数を握っていたために二院間の「ねじれ」を調整する方法が制度的に確立していません(175p)。また、現在の参議院中選挙区小選挙区非拘束名簿式比例代表制の混合という極めて得意な選挙制度をとっており、「参議院に当選する議員の性格を著しく曖昧」(176p)にしています。


 そして、この本では参議院選挙や地方選挙といった、首相や与党執行部が責任を追求される機会が多すぎることも問題にして次のように述べています。

 カナダの政治学者ベンジャミン・ナイブレードは、日本の首相が有権者とマスメディアから改革者であることを過剰に期待され、「ハイパーアカウンタビリティ」を負わされている、と論じる(ナイブレード2011)。参議院選挙や地方選挙は、その結果を政権の帰趨と結びつけて解釈されることで、ハイパーアカウンタビリティの制度的回路として機能している。これらの選挙の結果に対し、場合によっては首相辞任にまで至る責任をとらされるというのは、自民党単独政権が続いていた五五年体制下でマスメディア、党内非主流派閥や野党が作り上げた慣行だと思われる。それは政権交代が望めない状況下で与党執行部に「お灸を据える」ために一定の有効性を持ったのであろう。だが、衆議院選挙で多数を占められるかどうかをめぐって与野党が競争することを最重要視する、ウェストミンスター型議院内閣制とはかみ合わない部分がある。(180p)

 これは党内のガヴァナンスの問題とも絡んできますが、日本の「弱い首相」の背景には、制度が変わったにもかかわらずそれを支える慣行が育っていないということも大きいようです。
 

 まだ現在進行形なこともあって民主党政権については分析しきれていない部分もありますし、第4章の分析がやや物足りない、さらに大山礼子『日本の国会』で指摘されていた国会審議において「内閣の力が弱い」という問題についての分析が欲しいという気持ちもありますが、現在の政治を考える上で非常に有益で刺激亭な本であることは確か。やや高い本ですが読む価値は十分にあると思います。


首相政治の制度分析- 現代日本政治の権力基盤形成 (叢書 「21世紀の国際環境と日本」)
待鳥 聡史
4805109939