ウラジーミル・ソローキン『青い脂』

 それにしてもお前は壊蛋[フワイタン](卑劣漢)だな。你媽的[ニーマーダ](くそったれ)。
 (中略)
 どうしてお前がこんなにも長い間許しを請い、そしてBORN=IN=OUTで自分を罰してくれるなと懇願していたのか、今なら理解できる。
 お前が生まれつきラピッドで、Lハーモニーは半ルーブリぽっきりで、業[カルマ]は砂糖豚だからというわけではない。(18p)

 これが「現代文学の怪物」ともいわれるロシアの作家ソローキンの『青い脂』の前半部分の一節。
 舞台は2068年のロシア。この未来のロシアは半ば「中国化」しており、ロシア語にも中国語が混ざっています。さらに英語やドイツ語なども混入し、さらには「BORN=IN=OUT」や「ラピッド」といった謎の用語も大量に入っています(ちなみに巻末の用語一覧によれば「BORN=IN=OUT」は「STAROSEXにおける緩和器なしの性行為」、「ラピッド」は「マルチセックスを好む人」とのこと)。


 こんなわけのわからない言語で語られる内容は、ロシア作家のクローンを作って、そこから謎の物質「青脂」なるものを取り出そうという謎のプロジェクト。
 トルストイ4号、ドストエフスキー2号、ナボコフ7号、アフマートワ2号、プラトーノフ3号、チェーホフ3号、パステルナーク1号という7体のクローンがそれぞれの作家のパロディ小説を書き上げて、「青脂」なるものを生み出します。
 で、この『青い脂』、そしてソローキンのすごいところは文体も方によってパロディ小説をこの小説の中で実際に書き上げていること。
 

 もともとソローキンは長編『ロマン』でもロシア文学のパロディからスプラッタという無茶苦茶な離れ業をやり、短篇集『愛』の中の「セルゲイ・アンドレーエヴィチ」では、先生と生徒の温かい交流をどうしようもない下品なラストで落としたりしている人物なのですが、この『青い脂』でも、ロシア文学の巨匠の文体も模倣しつつ、そこでどうしようもない下品な世界を展開させています。 
 パステルナーク1号の書く詩が「御万光」だったり、中身はひどいですね。

 ところが、このパロディの文体が上手い!
 もちろん、訳者が今までのロシア文学の訳者の特徴をうまく捉えて訳しているということもあるんでしょうけど、ドストエフスキーチェーホフトルストイといずれも「いかにも」な文体に仕上がっています。

 そしてそうして生み出された「青脂」は、大地との性交を行う謎の教団に奪われ、さらにそこから「青脂」はタイムマシンによって1954年のソ連に送られます。
 登場するのはスターリンフルシチョフにベリヤにサハロフ博士といった面々。しかも、この世界は第2次世界大戦はソ連とドイツが組んでヨーロッパをほぼ征服しており、ロンドンには原爆が落とされたというパラレルワールド
 そこでもスターリンフルシチョフの同性愛があったりと、相変わらずのソローキンワールドなんですが、前半に比べると面白さはやや落ちますかね。
 ただ、それでもラストは最高!宇宙的なスケールにまで突き抜けるラストには爆笑しました。

 
 「怪作」といえるのかもしれませんが、ソローキンならこれがスタンダードなのかも。
 いくらでも格調高い文章が書けそうなのに、それを下品なネタで全て無駄にしてみせる、現代文学における最高の「才能の無駄遣い」、それがソローキンなのかもしれません(ソローキンを読んだことのない人は、いきなり二段組350ページ超の『青脂』を読むのも大変だと思うので、短篇集の『愛』から読むことをお薦めしたいところだけど、品切れなのか…)。


青い脂
ウラジーミル・ソローキン 望月 哲男
4309206018


愛 (文学の冒険シリーズ)
ウラジーミル・ソローキン 亀山 郁夫
4336039607